「追い焚きした?」の一言 伝える?伝えない?|2026年度長期インターンシップ生 びーん

だいだらぼっちでの暮らしもあっという間に三か月が過ぎました。「いってきました(ただいま)」「いただきました(ごちそうさまでした)」という、この地域ならではのあいさつも自然と口をついて出るようになりました。

(私の誕生日の様子 たくさんの「おめでとう」に囲まれて幸せでした)

そんな六月、私が考え続けていたことは「変化を受け入れる」ということです。

だいだらぼっちの暮らしは、予定通りには進みません。

こどもたちが話し合いをすれば、私の頭の中で思い描いていた予定とはまったく違う方向へ進むこともあります。雨で楽しみにしていた川遊びが中止になる日もあれば、気持ちを寄せることが難しくて話し合いを始められず、スケジュールを取り直すこともあります。同じ母屋で暮らしていても、人が変われば空気も変わります。去年や昨日と同じこと・同じものは一つもありません。

 

そんな、予定通りにいかない暮らしの中で過ごすうちに、私は「変化すること」を怖がっているのだと気づきました。 

予定が変わると、パニックになった私の頭の中では、どう対応しよう・どうすれば元の形に戻せるだろうと考え始めます。目の前で起きている変化を受け止めるよりも、「予定通り」に近づけることばかり考えてしまうのだと思います。失敗したくない。間違えたくない。みんなに迷惑をかけたくない。そんな思いが根底にあるからこそ、無意識のうちに変化を止めようとしているのかもしれません。

 

「予定通り」に固執してしまう私だからこそ、つい先回りしてしまうことがあります。 

その小さな一例がお風呂焚きです。

だいだらぼっちのお風呂は五右衛門風呂で、毎日薪で沸かします。一度火をつけても、そのまま放っておけば火は消えてしまいます。薪を足すタイミングや温度の調整を間違えれば、ぬるくなったり、反対に熱くなりすぎたりすることもあります。

お風呂焚きを担当していたこどもたちを見ていると、反射的に「追い焚きやった?」と声をかけてしまいたくなります。

その一言をかけるかどうか。もし私が声をかければ、おやつに夢中になり風呂焚きを忘れていた担当のこどもたちは追い焚きを思い出し、お風呂はいい温度で沸くかもしれません。

でも、私が何も言わなければ火が消えてしまうかもしれない。そのときは三十分以上かけて火をつけ直すことになります。

でも、私が何も言わなければ、火が消えてしまうかもしれません。そのときは、三十分以上かけて火をつけ直すことになります。風呂焚きが遅れれば、その後の夜の活動にも影響が出る可能性があります。一方で、失敗という経験から、自分の役割に責任を持つことの大切さに気づいたり、役割分担や声かけを自分たちで考えるきっかけになるかもしれません。この瞬間では困ることであっても、その経験が長い目で見れば、本人や暮らし全体の成長にプラスの影響を及ぼすことはこどもたちが一番わかっています。

(風呂焚きの様子 全員が火の番人です)

たった一言を伝えるか伝えないか。どちらが良いのでしょうか。

起こることを先回りして読み解き、声をかけて「失敗」を防ぐことはできます。しかし、その失敗があったことにより得られる学びもあります。

だからといって、何も言わずに見ていることも簡単ではありません。同じ暮らしをつくる仲間として、気づいていたのに言わない自分を自分自身が受け入れることはできないでいます。ほんの一言の声かけですが、その裏には「どこまで大人が関わるのか」という問いが隠れていることに気づきました。

 

グリーンウッドには、「答えを急がず、まわり道やでこぼこ道を楽しむ」という大切にしている価値観(VALUE)があります。

4,5月の私はVALUEの文字の意味は理解できるけど自分の体には落とし込めておらず、でこぼこ道とはなんだろう?という自分の中での疑問に対する答えを見つけることから逃げていたのかもしれません。遠回りをしない方が効率がいい・失敗しない方がいいと、当たり前のように考えていたからです。

失敗をすれば大小さまざまであれ、どれも、ネガティブな感情が一瞬頭をよぎります。しかし、過ぎたことを変えることはできません。出来事が起こった事実は変化できない中で、どう自分たちの学びに昇華させるか、そして次につながる前向きな力に変化させていくかが大事だと思います。

しかし六月を過ごして感じたのは、「でこぼこ道を楽しむ」とは、「失敗」という経験ができたことを喜ぶことではないということでした。思い通りにならなかった出来事も、予定が変わったことも、人とのすれ違いも、その出来事をなかったことにするのではなく、ここから何を学べるだろうと考え続けることの積み重ねが、遠回りに見えても次につながる道になっていくのだと思います。

(梅ジュースで使った梅をリメイクしてジャム作り みんなでやればおいしさも増します)

変化する暮らしの中で、失敗も迷いも含めて、その人自身の経験になっていくことを信じて待つこと。それも相談員の大切な役割なのだと思います。

世話焼きが好きな私は何でもかんでも口を出したくなります。反射的に言いたくなる自分を制止し、本当に必要な介入の仕方や伝えるべき言葉を吟味できる余裕を持てるように頑張ろうと思います。

きっとこれからも簡単に答えは出ません。

それでも、その迷いの中に立ち続けることが、私にとっての「でこぼこ道を楽しむ」ということなのだと、六月の暮らしが教えてくれました。