6月代表コラム:学校がきらいだった理由を、40年経って考える

 

我が家には3人こどもがいます。全員スイミングとソフトテニスを習い、登山にスキーにと体を動かすことが大好きなこどもたち。特に末っ子の長男は走るのが得意で村のロードレース大会や駅伝大会に出ては、小学生ながらになかなかの速さで走り、周りからもよく褒めてもらっています。また休みの日も空いた時間があれば一人バスケのボールでシュートにドリブル練習に勤しんでいます。

こどもたちはみな運動神経が良くて、ホッとしています。

というのも、私自身こどものころから運動は全くダメ。学校の体育は本当に嫌いでした。

友達とドッジボールをやると言えば、当時のこどもたちは一番うまい子がじゃんけんをして、仲間を取り合ってチームを決めるのがお決まりでしたが、当然私は最後のあまりものでした。うまい子が寛容に「しん、俺たちとがんばろうぜ」と声をかけ、その子の株が上がるだけで、私自身はいつもみじめな思いでいっぱいでした。

特に球技は苦手で、体育測定のソフトボール投げなどは悲惨な結果しか見たことがありません。
こどものとき、父親は忙しく一緒に遊ぶことはほとんどありませんでした。キャッチボールもしたことがなかったので、投げられないのも当然で、当時は父親が教えてくれなかったからだと恨んだことすらあります。

しかしそもそも学校は教えてくれる場所のはず。けれど振り返ると、学校の体育の授業で何かができるようになったり、上達するように教わった記憶がありません。ソフトボール投げも、練習も何もなく、ただ投げて距離を測るだけ。水泳の時間も、泳げる子と泳げない子が分けられ、泳ぎの練習ともいえない時間を過ごし、最後にプールで自由に遊んで終わりでした。
できる子はできるし、できない子はできない。ただそこには評価があるだけなのです。

わたしにとって学校の体育は、できるようにしてくれる場所ではなく、ただ劣等感を与えられただけの時間でした。


いろいろ反論あるかもしれませんが、これが私のこども時代の素直な感想。体育や昼休みに、笑われ、はみ出され、居場所のない時間を過ごすのは、運動神経が鈍い人にしかわからない気持ちです。

このブログを書きながら、なんだか苦しくなってきました。

さて大人になって運動は全くできないかというと、キャンプでラフティングボートを操船もしますし、スキーやスノボもそれなりに滑れます。
根本的に体を動かすの嫌いかというと、登山も好きだし、川遊びも好きだし、そもそも仕事として野外活動をしているくらいなので好きな方。
ただいまだにぬぐい切れない苦手意識が残っています。

一方で良い思い出も。小学6年生の時に、体育の鉄棒で3つ以上の技を組み合わせて発表するというものがありました。当然苦手で気の重い課題だったのですが、友達4人と夜の公園に夜な夜な集まって練習をしました。
そのおかげで無事に発表もできたことを今でも覚えています。仲間の存在と大切さと、なにより練習すればできるようになるという自信を手に入れました。

こどもはできないことがあるのは当たり前。それをできるできないと測るよりも、どうやったら少しでもできるようになるのかを教えてあげる学校であってほしいと心から願います。