だいだらの桑の実やびわなど、美味しそうにもぐもぐ食べていた実りもすっかりなくなり、緑がいっぱいの季節になりました。
「もう夏休み!?」と信じられないくらい、あっという間に過ぎていく毎日。日々さまざまな出来事があり、その一つひとつが心に残っています。
まだたんぽぽがあちこちに咲いていた頃、だいだらの女の子がふと、
「たんぽぽコーヒー作ってみたいんだよねー」と呟きました。
(え!?私、作ったことないから教えられないな。失敗するかもしれないな….。)
そんな不安もありましたが、「いいね!やってみよう!」と一緒に挑戦することにしました。
こどもの「やってみたい」という力は本当にすごいもので、たんぽぽを見つけては夢中になって根っこを掘り始めます。最初は木の枝や竹の破片を使って地面をガリガリ。「たんぽぽの根っこって、こんなに太くて長いんだ!」と2人で驚きながら掘るものの、なかなか思うように採れません。
そう言っている内に、興味を持ったこどもたちも仲間に加わりましたが、それでも採れるのは少しだけ。それでも誰一人あきらめることなく、黙々と作業を続けていました。
すると、相談員のなおみちが「剣スコでやればいいよ」と教えてくれました。
「確かにwww」
みんなで剣スコを持ち出し、掘り方も教えてもらって畑の周りを掘ってみると、今まで苦労していたのが嘘のようにたくさんの根っこが採れました。「最初からこれ使えば良かったね」そんなことを言いながら笑ったのも、今ではいい思い出です。
空いた時間を使って少しずつ集めていたため、必要な量がそろうまでには何週間もかかりました。最初に採った根っこは採ったままの場所に置いてあり、「これ、大丈夫?」と思うくらいにカピカピ。それでも「まずはやってみよう」と全部きれいに洗って部屋で干しました。

数週間後、相談員と一緒にオーブンで乾燥させ、じっくり焙煎しているところを発見。以前コピーしていたレシピには、「最後はミキサーで粉末状にする」と書いてありました。
「よし、あとはミキサーだね!」
そう話していると近くにいた、こどもが一言。
「そんなもん、うちにはないよ。」
……そうだった。
だいだらにはミキサーなんてありません。
そこで登場したのは、大きなすり鉢。

「本当に細かくなるのかな?」と思うほど硬かった根っこも少しずつすりつぶされ、粉のようになっていきました。ゴリゴリという音と一緒に、香ばしい良い香りが広がり、ワクワクもどんどん膨らんでいきます。
こうして出来上がったたんぽぽコーヒーは、本当に少しだけ。
恐る恐る飲んでみると、「うーん……ちょっと苦い。」
そんな感想が返ってきました。そこで牛乳を入れて少しマイルドにして飲んでみると、「お!美味しい」と笑顔に。自分たちで時間をかけて作った一杯に、満足そうな表情を浮かべていました。

私はこれまで、熊本で自然体験や学童保育を行っているNPOで活動している中で、「大人である以上、こどもより知っていなければいけない」「何かを教えられる存在でなければいけない」と思っていました。体験活動を企画するたびに「何かを教えなければ!」「成功させて何かを伝えなければ!」と考えることが当たり前でした。そのため、このインターンが始まったころの私は「教えられる人にならなければ」と変に力が入っていました。
だからこそ、自分が知らないことをこどもから「やってみたい」と言われると、
「うまくできなかったらどうしよう。」
「失敗したら期待を裏切ってしまうかもしれない」
正直少し怖い気持ちがどこかにありました。
でも、このたんぽぽコーヒー作りで一番学んでいたのは私でした。
作り方を知らなかった私。
「分からない」と言うことは、大人として未熟に見えてしまう気がしていました。失敗したら「大人なのに知らないんだ」と思われるのではないかという怖さもありました。
だから、「いいね、やってみよう」と答えることは、私にとって思っていた以上に勇気のいる一歩でした。
振り返ってみると、こどもたちが求めていたのは「何でも知っている大人」ではなく、「分からないことも一緒に楽しめる大人」だったのだと思います。
私はこれまで「教えること」が大人の役割だと思っていました。でも、この時間の中で気づいたのは、大人が正解と持っていることよりも、「分からないね」「どうしたらいいかな」と同じ目線で試行錯誤することの方がこどもたちの挑戦する気持ちを支えているということでした。
大人が正解を用意するより、「一緒に考えよう」と隣に立つこと。その関わり方こそが、だいだらで私が学んだことです。
教える人と教わる人に分かれるのではなく、同じ「やってみる側」に立つことができる。
そんな時間が、だいだらにはたくさんあります。

https://www.greenwood.or.jp/tane/17978/
この感覚は、先日の「いってきました」の2泊3日のキャンプでも同じでした。蚊帳を張るのも、大人が完成させるのではなく、「どうやったら張れるかな」とこどもたちと一緒に試行錯誤。遠回りに見えるその時間の中で、「できた!」という喜びも、「次はこうしてみよう」という工夫も、すべてこどもたち自身のものになっていきます。
正解を教えて終わる時間ではなく、一緒に迷い、一緒に試して、一緒に笑う時間。その積み重ねこそが、私の感じる「豊かな時間」なのだと改めて実感しました。
もちろん、知識や経験を身につけることは大切です。
けれど、それ以上に大切なのは、こどもの「やってみたい」の隣で、自分自身も「やってみよう」と思えること。
その姿勢を教えてくれたのは、毎日一緒に過ごしているこどもたちでした。
こどもたちの「やってみたい」は、私の「やってみよう」を何度も引き出してくれます。
たんぽぽコーヒーは、決して特別おいしい一杯ではありませんでした。
でも、何週間もかけて根っこを集めて、失敗しそうになりながら作ったあの一杯は、今まで飲んだどんなコーヒーよりも忘れられない味になりました。

そんな毎日だからこそ、普通に過ごすにはもったいないくらい、濃くて豊かな時間になっているのだと感じています。
