5月を振り返ると私が印象に残っているのは「言葉」です。
4月のブログでは「まずは自分の中にあるものを言葉にしてみることを大切にしていきたい」と書きました。
5月はその言葉について改めて考える出来事がたくさんありました。その一つが「ありがとう」です。

だいだらに来てから「ありがとう」を本当によく聞きます。ご飯を作った時、誰かが片付けをしてくれた時、ちょっとした手伝いをした時。特別なことではない日常の中で「ありがとう」が自然と飛び交っています。時には「ありがとう」「いやいや、こちらこそありがとう」「いや、本当にありがとう」といつまで続くんだろうと思うくらいにやり取りが続くこともあります(笑)

最初はそんな光景をほほえましくも思い、言われた自分も嬉しいなとも思っていましたが、気づけば自分自身も以前よりも「ありがとう」と口にするようになった気がします。
だいだらでは、1人で生活しているわけではなく、みんなで暮らして作っています。ご飯を作る人、洗濯をする人、掃除をする人。それぞれが誰かのために動いていることが見えやすいからこそ、「ありがとう」が自然と出てくるのかもしれません。
「ありがとう」があることで、お互いの存在や行動が自然と認められているような空気が生まれている気がするのです。何気ない一言だけれど、その言葉が人と人との関係を少しずつ温かくしているのだと感じています。

一方で、5月はこどもとの関わりの中で言い合いになったこともありました。相手はだいだらぼっちの中学生の男の子でした。きっかけは本当に些細なことです。会話をしている中で、違和感が生まれました。その後、私の勘違いだったことに気づいて謝ったものの、「お前」と言われたことにカチンときてしまい、私も言い返しました。さらに、関係のない私のご飯の置き方まであれこれ言われて、「なんでそんなことまで言われなきゃいけないんだろう」と腹が立ち、気づけばお互いに譲れなくなり言葉をぶつけ合うような形になってしまいました。
その後、私は「大人なのに感情的になってしまった」「もっと違う関わり方があったのではないか」と反省していました。
ところが、5月の振り返りの場でなること長期インターンのびーんにその話をするとこんな言葉をもらいました。「それって自分の言葉を出せているってことじゃない?」その時は少し驚きました。
私はケンカをしたことばかりに目を向けていました。でも言われてみると確かにそこには自分自身の気持ちや考えがありました。もちろん、だからといってケンカをしていいということではありません。でも、相手に合わせることや正解を探すことばかりを考えていたこれまでの自分からすると自分の気持ちを隠さずに関わった出来事だったのかもしれません。
「ありがとう」のような温かい言葉もあれば、時にはぶつかる言葉もあります。でもどちらも人と人が関わる中で生まれるものです。そして、どちらも相手と向き合おうとするところから始まっているのだと思います。ただ、関わりの中ではいつも言葉にできるわけではありません。嬉しいけれど伝えられないことや、悔しいけれどうまく説明できないこともあります。だからこそ、相手の言葉だけでなく、その奥にある気持ちにも目を向けていきたいと思います。

これからも、こどもたちや仲間との関わりの中で生まれるたくさんの言葉を大切にしながら、相手の気持ちに耳を傾け、自分の気持ちも言葉にしていきたいです。
