10月代表コラム|泰阜村にあったシビックリーダーシップ

NPOなどソーシャルセクターの団体が集まる新公益連盟の合宿に参加してきました。
普段山で暮らしている私たちにとっては、多様な考え、価値観、活動に触れる貴重な機会となっています。
今回の合宿では新たなビジョンとして「CIVIC LEADERSHIP(シビックリーダーシップ)」が掲げられました。「一人ひとりが自らの意志で社会に関わること」ということだそうです。

私たちグリーンウッドのビジョンは「みんなが“できる”を持ち寄る社会」。
非常に親和性が高い、いやむしろ表現は違えど言っていることは同じなので、深くうなずきながら聞いていました。


この言葉を聞いてすぐに思い浮かんだのは、「NPOとして何が求められるか」ではなく、泰阜村の方々はすでにそれを当たり前のように実践しているということでした。

誰に頼まれたわけでもなく道路わきに花を植えて育てたり、見通しの悪い場所の草を刈ったり、わたしたちに畑の育て方を教えてくれたり、薪を下さったり。
村の暮らしを維持するため、あるいはお互いのために、それぞれができることをしていく。これこそまさにシビックリーダーシップそのものでした。

泰阜村は物を買うにも不便な地域だったので、身の回りにあるものを活かし、支え合わなければ暮らせない土地だったという背景が行動からにじみ出ています。


一方で、合宿の際に回りの方と意見交換をしましたが、「まだよくわからない」とお話しされている方もいました。
役割分担が明確な都市部の暮らしではピンとこないのだと思います。

都市部ではサービスを受ける側と提供する側が分かれています。職業という役割分担です。便利かつ効率的ではありますが、しかしそれが進んだ結果、自分が地域や社会の一員であることが、感覚的に切り離されてしまったように思います。


すでに日本の社会は右肩上がりの成長は難しくなっています。人口減少によって、これまでの8割程度の人や仕組みで社会を維持しなければならない「八掛け社会」がやってくるからです。
電話をすれば直してくれる水道工事の方がいなくなったら、ガソリンスタンドを引き継ぐ人がいなくなったら、急病人を見てくれる病院に医師がいなくなったら。私たちが住む山村では、これまでのように職業という役割分担では支えきれない、当たり前の暮らしを維持することが難しくなる現実はすぐそこにあります。
だからこそ、誰もが自分のできることを持ち寄りながら、なんとか暮らしていくという状態を目指すべきだと思います。

村の方が地域社会に関わるのは、まず自分の暮らしを自分で成り立たせるという当たり前があり、地域があってこそ自分たちの暮らしが成り立つという実感があるからです。
大事なことは、誰もが社会の中に役割があり、自分がいることで何かが少し良くなるという実感があるかどうかなのです。


未来に希望が持ちにくい社会になっています。
それでも自分のできること、選択できることはある。希望は見えなくても、絶望しないで自分にできることを探して動くことはできます。

しかしそのマインドを育てるには道のりはとても長く感じます。
「お金を稼ぐ」という暮らしとは別に、自分の手足を使って暮らす体験は、自分の可能性と限界を知り、他者のありがたさを知る機会です。
シビックリーダーシップとは、職業という役割から離れ、自分にできることを持ち寄り暮らす姿なのだと思います。

※今年度から代表コラムはこちらのブログに引っ越しました。
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