だいだらぼっちの卒業生にインタビュー (1997年度参加) こうた

当時の仲間は最初は沢山喧嘩もしたけど、今ではかけがえのない仲間です。

だいだらぼっちの卒業生にインタビューするこの企画、今回はだいだらぼっち12期生のこうたです。
こうたは、だいだらぼっち十二年目(1997年度)に、小学4年生の一年間をだいだらぼっちで過ごしました。当時は小学4年生男子が3人いたのですが、みんな自分だけではなかなか身の回りのことができず(お部屋の片づけや洗濯とか、お風呂に入る、とか)、一人ひとり相談員がこまめにみてあげていました。一番小さかったこうたがものづくりで作る作品は、自由で固定概念にとらわれない面白いものが多かったような気がします。今も年に2・3回は顔を出してくれるこうた。出会ったことのある人も多いのではないでしょうか。けいじの時もそうでしたが、これまであまり本人の仕事のことや近況といったことを掘り下げて話してきていないので、今回もちょっと新鮮な感じです。それではインタビュースタート!


ーこんにちは、こうた。まずは簡単に自己紹介をお願いします。

 

1997年度、小学4年生の時に参加していましたこうたです。今の仕事は愛知県瀬戸市で陶芸をしています。色々コンペにも応募して賞も頂いています。そろそろ、瀬戸での仕事に区切りをつけて、自分の窯を持とうかと画策中です。
趣味は廃線巡りで、名鉄三河線・旧飯田線など見に行きました。あとは昨年から郡上踊りにのめりこんでいます。

 

ーどうして今の仕事に就こうと思ったのですか?

 

当時、草來舎のぎっくとまるちゃんに教えてもらっていた陶芸が楽しくて、自分もやってみたいと思ったからです。

ーだいだらぼっちで陶芸と出会って、自分でもやってみたい、と思ったとのことですが、やりたいからといって誰でもやれるものでもないと思います。どんなプロセスを経て陶芸家になったのか、ぜひ教えてください。また、そのプロセスの中で「やっぱり陶芸で身を立てよう!」と思えるに至った何かポイントがあればそれも教えてください。好きなこと、面白いと思えることでも、それで身を立てるのは大変だと思うので。途中で挫折する人だってたくさんいると思いますが、挫折せずにここまでに至っているのはなぜなのかが知りたいです。何しろ芸術系は食べていかれるようになるのは大変だから・・・。

 

まず、高校受験で陶芸が専攻出来る愛知県立瀬戸窯業高校(現、瀬戸工科高校)に進学びました。
大学は名古屋芸術大学の陶芸専攻に通っていました。現在、瀬戸の赤津にて陶芸の先生に師事しています。
高校から陶芸を本格的に勉強してきて今更他の仕事は出来ない、バイトは色々やったけど結局陶芸が好きなことに行き着きました。

ーなるほど、高校受験がすでに窯業高校(そんな高校あるんですね!)というあたり、4年生の時の出会いと想いがそのままつながっている感じですね。

 

でも、この世界に足を踏み入れて大変さがわかりました。

 

ーそうですよね、こども時代に教えてもらって楽しかった陶芸と、生業としていく陶芸とは全く違うものですよね、きっと。
お仕事としての陶芸をしていく中でわかった大変さってどんなことですか?また、それらをどう乗り越えてきましたか?

 

デザインや他人がやっていないオンリーワンを模索して、制作してもダメ出しを頂くことが大変です。我慢と負けん気でなんとか乗り越えたと思って。

ー数多とある陶芸品の中で「オンリーワン」を目指すって、並大抵じゃないですね。ダメだしされる、と言うのは今いる窯元からダメだしされるということですか?その窯元とはどうやって出会ったのか、なぜそこだったのかのポイントを教えてください!

 

今の職場は大学に出入りしていた業者さんの紹介です。その業者さんは自分と地元が同じで、今も仕事上で大変お世話になっています。

 

ーいい業者さんと出会えてよかったですね!なんとなくですけど、人を介してじゃないとなかなか窯元に受け入れてもらうのも大変そうだから。
そういえば初めにさらっと賞もいただいていると伺いましたが、どんな賞をいただいたのか、良かったらいくつか教えてください。

 

日工会展で日工会賞、瀬戸市美術展で奨励賞と市長賞をいただきました。

ー日工会展って全国からいろんな作品が集まってくるものですよね、そこで賞をいただけたのはすごいですね!
お仕事をしていてよかったと思うことや、一番の思い出などあれば教えてください。

 

よかったことは好きなことの歴史や、色々な学びがあった事。仕事の関係で下伊那郡阿南(泰阜の隣町!)の登窯を手伝ったことが良い思い出です。

 

ー色々な学び、とはどんな学びですか?その中でも今の航太に大きく影響を与えたものがあれば教えて欲しいです。

 

仕事の大変さ、責任感、妥協をしない考え方を学びました。

 

ーすごく簡潔な言葉で答えてくれましたけど、これって何をするにしてもついてくることですね。
ところで、今のお仕事に就くまでに、こうたが体験したことなどきっとたくさんあると思うので教えてください。
また、その中で一番の思い出を教えてください。

 

兄(OB:たくお)の仕事の手伝いで座光寺のりんご農園の収穫に行った時に農園主の玄関前に熊の手が置いてあったのをよく覚えています(笑)。

 

ーリンゴの収穫じゃなくてそこの農園の入り口の熊の手が思い出っておかしい…(笑)。他には特に働いたりしなかったのですか?いきなり陶芸家?それはそれですごいけど。

 

バイトは、たこ焼き屋とコンビニだけ。
就職?は今の窯元の所に13年目。

 

ーじゃあ学生の時に紹介していただいたご縁でそのまま今に至っている感じですね。いいご縁をいただけて良かったです。だいぶ大人になったこうたですが、働いて結構経つ中で、こどものころには気づかなかったことや改めて感じたことなど何かありますか?

 

小さい頃は好きなものを好きなように作っていたけど、仕事になると指定されたものを「同じ形」「同じ重量」で作るのが大変です。

 

ーこの質問に仕事に限定された言葉が帰ってきたのは珍しいかも。やっぱり陶芸が好きなんですね(笑)。
こどものころの「好きなものを好きなように」作る感覚、たぶん今も必要なのではないかと勝手に思っていますが、こうたはどう思いますか?

 

ソレは今でも大切だけどソコにデザイン性や使い勝手、重さや金銭が掛かってくるからヘタなものは作れない。

 

ー使う人側のことを考えた上でのオリジナリティを生み出していく、ということですかね。好きなだけじゃやれない気もしますが、好きじゃないとやれなさそうですね。でも、まさしく「大変は楽しい!」って感じかな。だいだらっ子っぽいです。
話は変わりますが、こうたがいたころのだいだらぼっちはどんな感じでしたか?

 

母屋がボロく、夜トイレに行くのが怖く、図書館が格好の遊び場だったな。当時の仲間は最初は沢山喧嘩もしたけど、今ではかけがえのない仲間です。

ー当時の出来事で一番印象に残っていることはなんですか?また、
面白エピソードがあったら教えてください。

 

4月に阿南病院に入院、秋には溶連菌で隔離生活、冬は
インフルエンザ、・・・病気ばっかだな(笑)。
その年は冬に大雪で母屋前にカマクラを作って遊んだり、ソリ遊びをするために相談員の子供のソリを借り、キッチンから大きい中華鍋を借りて遊びました。

 

ーそういえば入院してお母さんに来てもらいましたね。胃腸炎でしたっけ?おなかまわりの事だった気がするけど・・・。
確かに溶連菌も流行りました!当時は今みたいに24時間で隔離生活が終わるような溶連菌の薬はまだなかったから、罹った人たちを図書館に隔離した覚えが・・・!それにしてもそんなに病気にかかったんだっけ⁉って思っちゃいました。
ところで、大雪の時に中華鍋で何したの?

 

モザイク、よっしー達とソリ遊びに使いました。(よい子のみなさんはマネしないでくださいね!)

ーこどものころの自分に言ってあげたいことって何かありますか?

 

手洗い、うがいをする事と、お風呂に入る事、それから登校でスキーを履いていかないこと。

 

ー(爆笑)今はちゃんとできてるみたいでよかったです。
だいだらぼっちでの暮らしは今のこうたにどんなふうにつながってますか、あるいはどんなふうに位置づいていますか?

 

今の仕事に就くきっかけにもなったし、一人暮らしするうえで炊事洗濯なども苦も無く出来ています。部屋の片付けは未だに苦手ですが…(笑)。

 

ーこうたが今夢中になっていることはありますか?あれば教えてください。その魅力も!

 

今は毎年夏に行われる郡上踊りに夢中です。その中でもお盆期間に行われる徹夜踊りは昨年からですが、毎年行っています。郡上踊りは見れば踊れる!その場の一体感、達成感がいいんだよね。
徹夜踊りは夜8時から朝の4時まで踊っているよ。下駄を鳴らして踊り、無心になれる事が魅力かな。

ーなんか、こうたが一晩中下駄を鳴らして踊っているって想像できないな・・・(ごめん!)。それだけ夢中になれるってことだから、行ってみる価値ありってことですね。いつか連れて行ってください!
そんなこうたの夢を教えてください。

 

今の仕事で独り立ちすることです。
現在、阿南の登窯で生活が出来ないか、阿南とかじかの湯(シダックス)に交渉中。

 

ーそういえばインタビューの初めのほうで、「そろそろ自分の窯を・・・」とか、阿南町の登り窯を手伝ったと言っていましたね。
そこで手伝ったことは航太にどんな影響を与えてくれたのですか?

 

かじかの湯が管理しているところだけど、場所は浅野温泉があった所の向い。
だいだらぼっちで経験した登窯の事を思い出し、温度を保つ事、温度を上げること、そのための準備をして大変さもあったけどとにかく楽しかった。

 

ー独り立ちするためにはどんなことが必要だと考えていますか?

 

努力と覚悟。
あとは人との繋がりかな。実は阿南町の登り窯も、今の職場を紹介してくれた人から繋いでもらったんだ。

 

ーすでにいい繋がりもあるということですね。独り立ちできることを応援しています!
最後に今のだいだらぼっちのこどもたちにメッセージをお願いします!

 

楽しいことも、ムカつくことも、ケガや病気することもあるけれど、日々の暮らしと仲間を大切に「今日も楽しかった!明日はもっと楽しくなるぞ!」の精神で生活してください!

 

ーありがとうございました!

 

小学4年生の時、実にこどもらしいこどもだったこうた。興味のあるものに夢中になる感じはそのころを思い出させてくれました。当時出会った陶芸を生業にすると決めるのは大変なような気もするのですが、みけが勝手に思うに、まだ少年の心を持っているこうたにとっては、もしかしたら私たちが思っている「大変さ」は関係なかったのかも、と思いました。大人だからもちろん考えるべきことは考えているし、「自分の求めるもの」と「売れるもの」との着地点という、ある意味折れなきゃいけない部分も許容しつつ、「好きなことをする」を貫いていることが、かっこいいな、と思いました。「独り立ち」するのはきっとたくさんの超えなきゃいけないハードルがあるのかもしれないけれど、若くないと超えられないハードルがきっとあると思うので、ぜひ今のうちに!こどものころよりだいぶ大きくなったこうたですが、無邪気に笑う姿は当時のままです。紡ぐ言葉は本当にぶっきらぼうで言葉数も少ないのですが、その言葉の奥底に潜むこうたのやさしさと、その笑顔を武器に、いろんな人と繋がって、仕事環境を構築していってくださいね! 「独り立ち」できる日を楽しみに、応援しています!