こんにちは。今年度、1年間の長期インターン生として地域教育チームに参加している「あさみ」です。泰阜村に来て1ヶ月が過ぎました。率直に言うと「本当にあっという間に過ぎ去った」という気持ちです。
まず、私がここに来た経緯について話します。
私は熊本で学童保育支援員として6年ほど働いており、5年目からは月1回のお泊り会を開催し、学童保育以外のこどもたちとも関わる機会がありました。自然に囲まれた中でこどもたちと一緒に過ごして、普段は自分から動けない子が、火おこしや調理活動では「次は自分がやる!」と挑戦する姿を見せたり、友達との関わりが苦手だった子が、初めての子と自然の中で遊んだり、泊まったりすることで学校も楽しく行くことができたりと自然の中での体験には、人を変える力があるのだと感じていました。
その一方、私はこどもたちの成長を感じる度に、自分自身の未熟さにも向き合うようになりました。こどもたちに「やってみよう」と声をかけながら、自分は失敗を恐れて一歩踏み出せていないのではないか、本当にこどもの力を信じて待つことができているのか、と葛藤することが増えていきました。
そんな時、ふと目に入ってきたInstagramでの「いってきました」の写真。何気ない日常が切り取られたものでしたが、当時の私にとって何かわくわくした気持ちと共にビビッと来るものがあり、すぐにここついて調べました。そして、「ひとのねっこを育てる」理念に惹かれ学びたいと思いました。
4月を通して、私が特に印象に残っているのは、「いってきました」のこどもたちが自分で考えて選んでいるということです。
ここでは「暇だ」と言う子がいません。それぞれが自分なりの楽しいことを見つけ、夢中になって遊んでいます。また、「宿題やった?」と大人が声をかける場面もありません。やりたい子はその場でやるし、やらない子は家に帰ってからやる。誰かに決められるのではなく、自分で選択している姿がありました。
初めは「声をかけなくて大丈夫なのかな」と思う自分もいました。でも、こどもたちの姿を見ているうちに、「やらせる」ことよりも「自分で決める」ことを大切にしている場所なのだと感じるようになりました。

それを強く感じたのが、地域の方の土地でおこなった筍掘りです。料理上手で村のことをよく知っている相談員のよしこさんから、根っこの部分が美味しいこと、最後に穴をうめるところまでが筍掘りだということを教わり、私もこどもたちと一緒に「へぇー」「そうなんだ」と学びました。その後は、こどもたちは自分の体に合ったクワを選び、それぞれのやり方で掘り始めました。中には、手で掘ろうとするチャレンジャーも!!
効率だけを考えたら、「こうした方がいいよ」と大人が先回りしてしまいそうになります。でも、自分で試してみるからこそ「できた」「難しい」「こうしたらどうだろう?」と気づきが芽生えるのだと思いました。


木工場でも同じです。相談員からのレクチャーを受けた後は、新1年生でも使用可能な空間になります。「車を作りたい」と言ってきた1年生。竹や細木などあるものを使って黙々と作業を進めていきます。「タイヤ、これで良いかも!」と薄く輪切りにされた木を見つけた時のキラキラした目。そして、それをお手本に、どうやったら自分で同じタイヤを作れるか、切れるかを試行錯誤していました。
私はこれまで、「大人が教えること」が支援だと思っていた部分がありました。しかし、「いってきました」で過ごす中で、こどもたちは「教えられる」だけではなく、自分で考え、試し、選びながら育っているのだと感じています。こどもたちが全力で遊ぶ姿の背景には、「自分で決めていい」という安心感があるのだなと思いました。

一方で、自分自身の課題も強く感じています。私は自分の考えを言語化することがあまり得意ではありません。相談員とのミーティングや話し合いの場でも、その場でうまく発言できなかったり、考えがまとまらなかったりすることがあります。そして家に帰ってから、「あのときこう伝えればよかった」「自分は本当はこんなことを考えていたんだな」と一人で振り返ることも少なくありません。
しかし、私はもっと自分の感じたことや迷っていることを相手とその場で共有できるようになりたいと思っています。きれいに整理された答えを話せるようになりたいというより、自分の中にある違和感やもやもやを未完成なままでも言葉にしていける人になりたいです。上手に話せないから黙っているのではなく、まとまっていなくても、ぐちゃぐちゃになってもいいからまずは声に出してみる。その積み重ねが、自分自身を理解することにもつながるのではないかと感じています。

そしてそれは、こどもたちと向き合う上でも大切なことだと思っています。こどもたちは、おとなの「正しい言葉」よりも、その人が本当に感じていることや迷いながらでも向き合おうとしている姿を見ているのではないかと思うからです。もし、自分がその場を取り繕う言葉ばかりを選んでしまえば、こどもたちとも表面的な関わりしかできなくなってしまうかもしれません。逆に、自分自身がまとまっていなくても言葉にしようとすることで、こどもたちも「上手に伝えられなくても話していいんだ」と感じられる関係性を作れるのではないかと思います。
だからこそ、この場では上手にまとめることよりも、まずは自分の中にあるものを言葉にしてみることを大切にしていきたいです。ぐちゃぐちゃでも、不器用でも、まずは声に出してみる。その経験を通して、自分自身の言葉でこどもたちと向き合えるようになっていきたいと思っています。
4月は新しい環境や出会いの中で、自分自身の未熟さや迷いにも沢山気づいた1ヶ月でした。でもその迷いを無理に隠したり、きれいに整えたりするのではなく、「今の自分」としてこどもたちや仲間と向き合っていくことを大切にしたいと思っています。
これからの1年、上手にできることより、まずは自分の言葉で関わることを忘れずにしたいです。迷ったり立ち止まったりしながらでも、こどもたちと一緒に感じ、考え、育っていけるような時間を重ねていきたいと思います。
