だいだらぼっちの卒業生にインタビュー うみ(2000年度参加)

当時は暮らしを学んでるという意識は全然なかったんだけど、暮らし方、他者と自分とのあり方、環境と自分とのあり方、を自然と学んでいた時間だったんじゃないかな

だいだらぼっちの卒業生・保護者にインタビューするこの企画、今回はだいだらぼっち15期生のうみです。
うみは、だいだらぼっち十五年目(2000年度)に、小学6年生の一年間をだいだらぼっちで過ごしました。当時はパッと見はおとなしそうでおっとりした感じに見えるけど、実はすこぶる頑固者で曲がったことが大嫌いな意志の強い女の子、という感じでした。けど、笑いだしたら止まらない年頃でもあったので、いつも笑顔のイメージです。それではインタビュースタート!

 
ーうみちゃん、こんにちは!お久しぶりです。早速ですが、自己紹介をお願いします。

お久しぶりです。うみです。2000年度、小学6年生の時にだいだらぼっちに参加していました。

誰かの役に立てる仕事がしたくて、大学卒業後は理学療法士として病院で8年間勤務。(理学療法士:主に、病気やケガ後の身体機能の回復と生活復帰をお手伝いする医療専門職です) 途中、大学の同級生だった夫と結婚しました。病気退職した後、夫の転職のためコロナ禍真っ最中に夫と2人でアメリカに移住。今はお陰様で回復して元気に過ごしています。みなさん、心身の健康は資本です。大切にしてくださいね。

ー元気になったうみちゃんは今何をしていますか?仕事もですが、その他にも家族の事や趣味のことなど、色々含めて教えてください。

現在は、専業主婦です。退職する前までは忙しく過ごしていたので日々をこなす感じだったけれど、ありがたいことに今は物理的にも精神的にもゆとりがあるので、〝人生最初の夏休み″という感覚です。暮らし・暮らし方ということを初めて考えるようになりました。夫はこちらの大学で研究職をしながら勉強中です。

ーうみちゃんは結婚されて、今はアメリカ在住ということですが、新たな家庭をもって、日本を離れて、自分の中で何か変わったことや気づいたことはありますか?

結婚もして住む国も変わったことで、「他」に対しても自分に対しても寛容になったかな。「ま、いいか」ができるようになって楽に生きられるようになりました。
アメリカに住み始めてからは、言葉が大切なライフラインの一つだということを身に染みて実感しましたね。言いたいことも言えず、言われたことも解らず、最初は自分が赤ちゃんに戻ったみたいで、もどかしい思いもたくさんしました。おかげで逞しくなりました。

ー「ま、いいか」ができるようになったとは!ビックリです。
だいだらぼっちにいたころのうみちゃんは、決して寛容でなかったわけではないのだけど、いっぱい飲みこんでいたことが多かったように思うので、それが少なくて済むようになったということだと理解しました。きっとめっちゃストレス減りましたよね!

ー本当にストレス減りましたね。むしろ、昔良くそれで生きられていたなと思うくらい(笑)。
色々なことに対する妥協点もいい意味で下がったし、その方が心に楽しむ余白ができたという感じでしょうか。詰め込んだクローゼットの中身を断捨離したら、風通しも良くなってなんだかおしゃれな雑貨を飾るスペースまでできてしまいました的なね。

ーなかなかいい例えですね(笑)。だいぶいい感じに力を抜けるようになったと思うのですが、そうするときっといろんな人がいることが以前よりも面白く感じられるのではないかと思うのだけど、そこらへんはどうですか?

本当にそうですね。人への気づきもそうだし、自分自身もちょっと迷子になりやすかったので、ちょっと俯瞰的に見られるようになった気がします。いろんな人がいて、いろんな考え方や行動の選択があって、もうなんでもそれでOKなんだなという感じですかね(笑)。

ーでは出会う人みんな、わりとwelcomeな感じになったのかな?それは楽しいですね。
そういえば先ほど言葉はライフラインの一つと言っていましたが、今は会話に困ることはなくなりましたか?日本とはコミュニケーションの取り方も違うのではないかと思いますが、言葉以外で困ったことや逆に面白かったことなどあれば教えてください。

大きなトラブルが起こらなければ、日常の大抵のことは困らなくなりました。電話は極力避けたいくらいとっても苦手ですが…。
日本と違うなと思ったのは、雑談力がすごく高いところ。他人と打ち解けるスピードが、とっても速いなぁといつも感心します。

ー雑談力って面白い表現ですね。確かに日本人に比べたら圧倒的に高いかもしれないですね。

ありがたいことに今のところ大きなトラブルなく過ごせているので困ったことはあまりないのですが、強いて言うなら食事の量がとっても多い!とか、車を持たずに生活するには結構不便とかですかね。歩いて目的地まで行こうと思っていたら急に歩道がなくなるとか。コロナ中はドライブスルーだけでOPENしているレストランも多かったので、徒歩で行っても注文できなかったとかですかね。歩いて行くと断られるんですよ(笑)。あ、あとどこに行っても年中寒い(空調の温度設定のせいで)。体感温度がなんだかとっても違うみたいで、やけに薄着の方々です。いつも「暑くないの?」って聞かれます(笑)。

ー(笑)それわかる。みけも違う理由ですが、夏もずっと長袖なので、常に言われます。「みけ、暑くないの?長袖着て」って(笑)。
うみちゃん夫婦はどんな夫婦ですか?また、どんな家庭にしたいですか?PR含めて教えてください!

うーん、どんな夫婦だろう。周りからはお付き合い当初から熟年夫婦のようだと良く言われていました(笑)。のんびり&おっとりの夫+せかせかしがちな私=いい塩梅の林家です。今後も変わらず、肩肘張らずにいられる家庭を継続できればそれで十分です。

ー本当に、それはとっても幸せに思います。ずっとそんなお二人でいてくださいね!
ところで、うみちゃんがいたころのだいだらぼっちはどんな感じでしたか?

きっとどの年もそうなんだろうけど(笑)、個性豊かな人の集まり。みなさん元気にしていますか?冬のストーブの周りでみんなとみかん食べながら過ごす時間が好きだったなー。
その頃は通っていた小学校も南北で分かれていたので、往復結構歩きましたね。行きは下り坂だったので多少寝坊しても大丈夫でした。

ーほんと!みんなギリギリに出るから、遅刻するんじゃないかとこちらは気が気じゃなかったのよ。みんなはそんなこと全然気にしてなかったと思うけど…(笑)。
当時の出来事で一番印象に残っていることはなんですか?また、面白エピソードがあったら教えてください。

なぜかふと頭に思い浮かぶのは、小学校からの帰り道、道路でお亡くなりになっていた狸をみんなで担いで帰ったこと&コロ逃走事件(笑)。(※コロは当時飼っていた犬)

ー何でそれなんだろ?(笑) でも、きっと他のことはあまりにも「日常」だったから、覚えていないのかもしれないですね。だって、去年の今頃日々何してました?って聞かれても、大きな出来事以外は覚えていないもの。そんな中でコロの逃走は大事件!(笑)
そんな「日常」だっただいだらぼっちでの暮らしは、今のうみちゃんにどんなふうにつながってますか、あるいはどんなふうに位置づいていますか?

 

当時は暮らしを学んでるという意識は全然なかったんだけど(笑:当時は「通年合宿所 だいだらぼっち」という呼び方だったのもあるかもしれないけれど)、暮らし方、他者と自分とのあり方、環境と自分とのあり方、を自然と学んでいた時間だったんじゃないかなと、このインタビューに答えながら思いました。

ーなるほど。考えてみたら必死で暮らしているわけだから、その当時「学んでる」というふうにはなかなか小学生が思うには至らないかもしれないですね。
うみが今夢中になっていることはありますか?あれば教えてください。その魅力も!

夏は家庭菜園、冬は手芸。田舎で日本の食材が手に入りにくいので、 アパートのちっさなベランダで日本の野菜を育てては食べています。やっぱり一番譲れないものは「食」なんだと強く実感。我が家のベランダだけジャングル。とっても目立つの(笑)。
今住んでいるところは冬が厳しくて、自然とお家時間が長くなるので、合間合間で編み物したり刺繍したりしてます。クローゼットの中のセーターはほぼ自前になりました。
自分の生活に欠かせないもの(衣食住)に自分が関わることで、生活にも愛着が湧きます。

ー本当にそうですよね。譲れないものは「食」というのも納得です。そういえばうみちゃんは食いしん坊でした!(笑) それにしてもクローゼットの中のセーターがほぼ自前とはすごい!ぜひみけにも編んでほしい・・・(笑)。
そういえば、インタビューの最初の方で、暮らしや暮らし方について考えるようになったと言っていましたが、どんな暮らし、どんな暮らし方をしたいですか?インタビューの答えを聞いていると、すごく丁寧な暮らしをしているように思ったので、今のうみちゃんが考える理想の暮らし、というかこんな風に暮らせたらいいなぁっていう感じでいいので教えてください!

精神的に豊かな暮らしができるのが理想です。
少し前までは忙しさにかまけて、心に余裕がなかったので、ただ空腹を満たすだけの食事、適当に選んで買った服、なんとなくやった片付けや掃除などなど…。暮らしの大切な基盤であるはずの活動(と言ったらいいのかな?)がなんとなく自分の手を離れている感じがあったので。具体的には、田舎でいいので夫と二人でちっさな畑と縁側のある家でゆくゆくは暮らすのもいいな、という漠然としたイメージはあります(笑)。

ー暮らしの基盤、自分の足元を大事に丁寧に紡ぐ暮らし、きっと豊かな暮らしになりますね!自分の手には負えない暮らしにならないようにするのって、簡単なようでいて意識していないとあっという間に手から離れてしまいがちな今の世ですから、ゆっくり丁寧に、うみちゃんらしく旦那様と「手の内にある暮らし」を紡いでいってくださいね。
そんなうみちゃんの夢を教えてください。

うーん。大学生の頃は理学療法士になることが夢だったけど、今はこれといった夢はないです。これからもやりたいことが絶えない人生にしたいです。

ーやりたいことが絶えない人生ってすっごく素敵!家庭菜園と手芸以外にもやりたいことがあったらぜひ教えてください。

そうだなぁ。具体的ではないけど…。
これは昔から変わらない性分だけど、何かといろんなことを極めたい性格なので(笑)。「食」に関することはもうちょっと勉強したいですね。料理だけでなくて、その土地固有の季節の手仕事や風習・暮らし方を学んでみたいですね。

ーその「地」で営まれてきた暮らしにはちゃんと理由があるから、きっと学ぶといろんな発見があっておもしろいと思います。新しい発見があったらまた教えてくださいね!
最後に今のだいだらぼっちのこどもたちにメッセージをお願いします!

家族を除く他者とこんなに濃く関わる時間は人生の中でそうないと思います。楽しんで楽しんで楽しんでください。きっと人生の中の礎になることと思います。

ー温かい中に力強さのある、うみちゃんそのものを表すような言葉ですね。ありがとうございました!

冒頭でも書きましたが、本当に意志の固い頑固者で、優しくて真っ直ぐな女の子だったうみ。だいだらぼっちを巣立って20年が経ちましたが、その根っこは相変わらず真っ直ぐでした。前と違うのはそこに柔軟性が加わったところ。固いだけでは時には折れてしまうこともあったかと思いますが、大人になりながら柔らかでしなやかに、しっかりと地におろされた根っこになっていました。こどものころの笑顔はそのままに、素敵な女性になったうみが家族でだいだらぼっちに来てくれる日を楽しみに待っています。