こどもが行き場を失っている ~「他律の学び」から「自律の学び」へ~

こどもが行き場を失っている。

とりわけ学校から追い出された中高生は、行く先々で「こんなところにいてはダメだ(感染を助長する)」と締め出されている。
「お子さんが外出しないよう指導を」と保護者に迫り、街をパトロールする学校と教職員。
あれもだめ、これもだめ。
こどもが社会から監視される日々。
「自分で考える」教育を迫られながら、結局は誰かが決めたコト・モノに従わざるを得ないこどもたち。
確かに今の世の中は深刻な場面だ。
しかし、行き場を失う状況が1か月続くと、彼らがどう育つのだろうと心配になる。

「Be gentleman」
この言葉をご存じだろうか。
札幌農学校(現北海道大学)に赴任したW.S.クラーク氏が、最初の訓話で学生に課した校則である。
「紳士たれ」という意味で、「細かい校則は必要ない。この一条で十分。自分で判断、自分で決めなさい」という想いが込められていた。
血気盛んな開拓精神を持つ学生を、細かな校則で管理するのではなく、学生を信頼することで発生する学生自身の自律心で管理したのだ。

1876年のこの言葉が、現代の疫病に立ち向かう144年後の私たちに、深い示唆を与えている。

行き場を失うこどもは、このままでは思考を止めた従順なこどもになってしまうと危惧する。
「こどもには危険だから」「こどもには無理だから」と、直面する危機から遠ざければ遠ざけるほど、思考停止の子どもを育てることになってしまう。
そもそもこどもは、リスクを感知しコントロールする「力」を持っている。
大事なことは、このこどもの「力」を、私達大人が「信じる」ことができるかどうかだ。
「信じる」ことこそ、その力を引き出すことになる。

今年度の暮らしの学校「だいだらぼっち」を終え、こどもたちは「自律の学び」を獲得した。

これまでこどもが感じることのなかった大人からの信頼。
その信頼が、こどもの質の高い満足を導く。
そしてその質の高い満足感が、こどもを次の行動へと駆りたてる。
こどもを信頼しよう。
こどもに任せてみよう。
「他律の学び」から「自律の学び」へ。

今、ふんばるのはこどもだけじゃない。
瀬戸際にいるのは、大人だ。
大人が方向感覚を失ってどうする。

代表 辻だいち