だいだらぼっちの卒業生にインタビュー くり(1986・1987年度参加)

「楽しいことをするには夏の1か月でも足りないね。」
その言葉から、1年間の通年合宿がスタートしました。

だいだらぼっちの卒業生、保護者にインタビューするこの企画。今回はだいだらぼっち一期生のOBのくりです。当時(1986年と1987年)は参加者の中で、一番年上(中1・中2)で参加していました。今は仕事の関係で、ドイツのミュンヘンに住んでいます。海外在住のため、直接会ってのインタビューとはいきませんでしたが、いろいろ聞いてみました。

ーくりはだいだらぼっちの一期生ですが、だいだらぼっちに参加に至る経緯を教えてください

小学5年生の夏、冬に浪合での短期キャンプに参加したのがきっかけです。小学6年生の時には夏の1か月キャンプに参加しました。「楽しいことをするには夏の1か月でも足りないね。」というこども、大人の意見が高まり、泰阜での 通年合宿がスタートすることになりました。1年目は準備の都合で2学期からこども4名相談員3名の開始となりました。

ーくりがいたころのだいだらぼっちはどんな感じでしたか?

実は今みんなが住んでいるような母屋は1年目にはありませんでした。中垣内(なかがいと:屋号)という、今でいうところの古民家、農家さんの空き家に住んで、泰阜南小中学校(現在は統合されて別の場所に建っています)に1時間近くかけて歩いて通っていました。谷を渡る大沢橋もまだなかったので、今でいう旧道を歩いていました。

1・2年目のみんなの夢はまず自分達の住む大きな家を作ることでした。土地探しから始まり、家のデザイン・アイデア出し、家の建材探し、母屋作りに明け暮れていたのが1・2年目です。家を建てるのはもちろんこどもだけでは出来ませんが、母屋の基礎、柱建て、壁作りなど、大切な仕事をこどもが棟梁になってみんなでやりました。暗くなるまで垂木になる杉の皮むきをしていた夕方の情景は、きっと誰もが覚えていると思いますよ。

棟上げが終わり、屋根は張ったものの広いコンクリートの上に冷蔵庫だけがぽつんと残り、壁のない母屋の真ん中に立つと雨が横から入ってきます。それでも「僕らの家」はなんとか完成に向かい、秋には第一回だいだいらぼっち祭りでしもちゃん主役の「ももたろう」を上演するに至りました。

遠い学校に通って、部活もして、家も作って、深夜までミーティングして、いったいいつ寝ていたのでしょうか?(笑)

ーなかなかハードな日々だったんですね。ほんとにいつ寝ていたんでしょう!?ところで、だいだらぼっちでの暮らしは、いまのくりにどんなふうにつながっていますか?

うーん、とても難しい質問です。はっきりとは言えませんが人とつながる方法は学んだかもしれません。当時は家作りの段取りも必ず小学1年生から中学2年生(当時は小学1年生から参加資格がありました)の全員でミーティングをして決めていました。だいだらぼっちではきっと今もしていますよね。人と話す、人を理解するというのは本当に難しいことです。メールやSNSだと、「伝えた」「分かったつもり」でも伝わっていないこと、理解していないことは山ほどあります。まず人の話をじっくり聞いてその人を理解する。そしてよい関係、チームを作っていく大切さは当時のミーティングから学んだかもしれません。どんな組織の中で生きていくにも必要なことです。

ーそのとおりですね。もちろん今でもみんなでミーティングしていますよ。夕飯後の「連絡」は、今も昔もだいだらぼっちの命ともいえる重要な段取りの時間ですからね!

ところでくりは今何をしているのですか?仕事だけじゃなく、たとえば音楽の事とか、家族の事とか、いろいろ含めて教えてください。

今はドイツのミュンヘンで旅行の仕事をしています。2・3か月に1度は日本に出張していますよ。街から1時間ほど南に下ると山歩きが出来ますので、週末にはハイキングを楽しんでいます。通年合宿時代に始めたギターへの情熱はいまだ冷めず、ジャズ、ソウル、ロック、メタル、ポップス、歌謡曲からクラシックまで今でもなんでも弾き、聴きます。子供3人、妻は1人です。

ーそれでは最後に、今のだいだらぼっちのこどもたちにメッセージをお願いします!

仲間を大切に!どんなに正しい意見でも通らないこともある。でも話をし合う相手がいなければ、意見さえ存在しないだろう。たくさんの仲間がいるだいだらぼっちでの暮らしを、思う存分楽しんでください!

ーありがとうございました!

なんとも深いメッセージですね。仲間がいるからこそ自分の存在が自分でも認識できる。きっと今のこどもたちがだいだらぼっちを出て、何十年も経ったときにじわっと噛みしめられるような気がします。
くり、ありがとうございました!日本に帰った時はぜひ立ち寄ってください!