師走 ~師匠に呼ばれて弟子が走る~

「渡したいものがあるからちょっと来い」と電話がかかってきた。
私の師匠ともいえる村のおじいま:木下フジツネさんだ
おじいまとは、“おじい様”の意味の方言である。

師匠からの電話だから「はい、じゃ、今から行きます」と言いたいのはヤマヤマ。
ところが「ちょっと」と言っても、ここから険しい山道を車で45分。
木下さんは泰阜村最奥の集落に住んでいる。

呼びつける方も、私が躊躇することは織り込み済み。
それでも呼びつけるってことは、よほどのものを渡したいんだろうな、と。
「わかりました、今から行きます」
と返事をすると、木下さんはニヤッと笑って(電話だから見えないけど、きっとニヤッとしたはず)言う。
「もう、ちゃーんと用意しとるでな」
ま、木下さんの方が一枚も二枚も上手だ。
私が断らない(断れない?)ことをわかっている。
続けてこうも言われた。
「乗用車じゃ載らんよ」
いったい何を渡そうというのか???

貨物タイプのバンを準備する。
「栃城まで行くなら、これも持っていってほしい」
スタッフからことづかる。
栃城というのは、木下さんの住む集落の名前だ。
スタッフもわかっている。
わざわざ行くには遠すぎるということを。
これ幸いと私についでに持っていってもらおうという魂胆だ。
私も先日、木下さんにオンライン授業をやっていただいた際の、学生のリアクションペーパーを持参する。

山道をゆっくりと運転する。
対向車が来ると、すれ違えないから譲り合う。
すれ違いざまに、お互いに会釈をするか軽くクラクション。
マスクをしているから表情はわからないけど、きっと笑顔だろう。
ともすれば、自分だけよければ…とか、他人よりも少しでも速く…とかになりがちな今の世の中で、なんとも心地よい時間だ。
携帯電話の電波が届かなくなってからがほんとうの山岳道路。
ガードレールもないし、崖がむき出しで落石も多い。
ここで立ち往生したらどうなるのかな?と通るたびにいつも想う。
この先に木下さんが住んでいる、とわかっているから前進し続けられる道だ。
人がいるかどうかわからなかったら、とっくに引き返している。
師匠が走るのではなく、師匠に呼ばれて弟子が走る12月(笑)
とにかく事故を起こさないように注意しながらドンドン進むと、やっと栃城集落に入る。

いつものアマゴ養殖漁業の事務所には人がいない。
木下さんの家の方に行くと、いたいた。
「さっきまで事務所にいたんだけど、ちょいと用事があったもんでな」
と、手招きしている。
家にあがるとコタツと薪ストーブ、そして犬が2匹迎えてくれた。
いつも元気な奥様もいる。
先にスタッフからことづかったモノを渡して、その後に学生のリアクションペーパーを見せる。
いつものことながら「これが楽しみでな」と読みふける木下さん。
毎年東京の大学までゲストで来てもらっていたが、今年は「東京に行けなくて寂しいなあ」と嘆いている。
来年こそは東京に行きたいね、学生と会いたいね、と今年のコロナ騒動を振り返る。
忘年会もなんにもなくなっちゃって、つまんねえ年末だなあ、とぼそぼそと3人で話をしていると、なんだか親父とおふくろと話をしている錯覚に陥りそうだ。
ああ、実家に帰っておふくろと話をしたいなあ、と柄にもなく想う。

ああ、そうだ、今日はY-Caféの日だった。
Y-Caféとは、学生のためのオンラインカフェ。
ZOOMをただ開けておくだけのものだ。
6月から毎週火・木のお昼に開けてきて、それなりに学生が入ってくる。
この集落のこのあたりだけ、かろうじて電波が届くので、ちょうどいいやと、今日はこの集落からY-Caféを開けた。
すると東京から学生さんが一人入ってきた。
木下ご夫妻と、あーでもない、こーでもない、と他愛もないおしゃべり。
まるで孫と話をしているようだ。
ご夫妻にも学生にも、良い時間が流れた。
お互いが、素敵な時間をプレゼントしあった、ということか。

「じゃそろそろ帰りますね。良い新年を迎えてください」
と帰ろうとすると、来た来た(笑)
「持ってけ」
と指さすところに、どっさりと野菜と果物があった。
「ここで穫れた野菜と、全国から贈られてきた野菜。こんなに食べれん」
それはほんとのことなんだろうけど、おそらくはだいだらぼっちのこどもたちに、という想いと、コロナでいろいろたいへんだから若いスタッフたちに、ということなんだと想う。
言葉にはしないけど、それがわかる。
2週間前には「こどもたちのクリスマスツリーに」と玄関にモミの木も置いていってくれた。
これがほんとのサンタさんだ。

帰り道も慎重に運転をする。
小さな山村の集落ではクリスマスの雰囲気はほとんど感じられない。
いつもながらの冬の風景と暮らしが営まれているだけだ。
泰阜村では、メディアや産業に左右されない、実に素朴なクリスマスを迎えている。
それでいいんじゃないか。
これが山岳地帯の12月24日。

代表 辻だいち