山賊キャンプ終わる! ~想い通りにならないことを楽しむ夏~

「信州こども山賊キャンプ」が終わった。
7月20日から8月30日まで、全国から約1,000人の子どもたちと300人の青年ボランティアが参加した。

今年の山賊キャンプは3泊のコースから11泊のコースまで全28コースある。
どのコースでも、参加している子どもたちは、それぞれの期間の自然体験・共同生活を通して、確実に自分自身の世界を広げることにチャレンジした。

コース開始当初は、バラバラに動き、仲間に思いやりを持てなかった子どもたち。
当然ながらすべてがなかなかうまく進まないことにイライラする。
それは、子どもたちをサポートする青年ボランティアにも当てはまる。
子どもたちの自主性をサポートするはずが、想い通りにならないことにイライラして、いつしか子どもたちを手のひらの中で扱おうとする。
そんな自分自身に気がついて、「どうすればいいのか」と悩むボランティアたち。
まさに混沌とした時間が流れる。
それがいいのだ。

自然と向き合う暮らしは、混沌としている。
スッキリと整理されてしまったら、それは暮らしではない。
混沌さこそ、パワーだ。
混沌とした暮らしの中からこそ、社会を変える力が産み出される。
それを証明するかのように、最終日のたった1日で子どもたちに大きな学びと成長があった。
仲間の個性を認め合うこと、仲間と協力することの大切さやすばらしさを体感し始めたのだ。
それに気づいているのは、きっと子どもたち自身だろう。

青年ボランティアは想い通りにならない子どもたちに対して、どこか「子どもにはこんなたいへんなことは無理だ」「こどもにはこんな危ないことはやらせられない」と想っていたのかもしれない。
「この子どもたちには言っても言っても何も聞き入れてくれない」「もしかしてこの子どもたちは成長できないのではないか」、そんなことを想っていたのかもしれない。
しかし子どもはもともと、「不便さを楽しむ力」や「危険をコントロールする力」を持っている。
大人(青年ボランティア)が、それを信じることができるかどうか、だ。

最終日、青年ボランティアは、子どもたちを信じた。
こどもたちを信じたからこそ、こどもが成長したのだ。
「大人から信頼されている」という実感。
その実感が、子どもたちの質の高い満足を導く。
そしてその質の高い満足感が、子どもたちを次の行動へと駆り立てるのだ。

自然や人間関係や暮らし。
そもそもそれらは不便で危険がつきまとうものだ。
言葉を換えれば、「想い通りにならないこと」ということになる。
想い通りにならないからといって、強引に、力に任せて、理不尽に、想い通りにしてしまうことは、愚の骨頂だ。
でも戦争や紛争はそうして起こってきた。
あおり運転、こども虐待、イジメに通り魔…、日々の様々な悲しい事件も、きっとそうして勃発している。

「想い通りにならないこと」を楽しむ。
このセンスこそ、これからの時代に必要なもののひとつだろう。
山賊キャンプのこどもたちは、きっとこのセンスを培っている。
この山賊キャンプに参加して、「想い通りにならないものを楽しむセンス」を培った子どもたちは、きっと戦争や紛争を起こさないだろうなと、半ば確信的な想いを持っている。
少なくとも私はこれらのセンスを帯びた平和な世界をイメージして、子どもたちと山賊キャンプを行っている。

ヒロシマ、ナガサキ、そして終戦。
毎年めぐってくる8月に、子どもたちと山賊キャンプを開催できることを幸せに想う。

今年の「信州こども山賊キャンプ」も大好評のうちに全日程が終了した。
ご支援ご協力いただいた関係の皆様に心から御礼申し上げたい。

代表 辻だいち