命の尊厳に向き合う“ひと”を育てる ~東北に再び発生した大地震に~

もう一歩で死亡事故だった。

目の前で小6の男の子が、のどに氷を詰まらせる状況が起こる。
チョーキング(のどつまり)だ。
のどを抑え、青い顔をして、近寄ってきたが、どうやら呼吸ができていない!

もし意識を失い心肺停止状況に進んでしまったとしたら?
この小さな山村(泰阜村)は、救急車を呼んでも15分以上かかる!
男の子の命をよみがえらせるのは無理!?

そんなことを頭で考えながら、男の子の背後にまわり、チョーキングの対処をすかさず遂行した。
無事のどから氷が、文字通り「ぽーん」と出てきて、事なきを得る。
しかし、目の前に家族や知り合いがいて、声も聞こえるし、顔も見えているのに、自分の声は出せず、呼吸もできず、死んでしまうのかもしれない恐怖を感じたのだろう。
男の子は、しばらく恐怖におののいて泣き続けた。

数年前のことである。

私は救急救命法の国際トレーナーの資格を、15年前に取得した。
ご存じのように、私は国道も信号もない山村に住んでいる。
こんな山奥に住んでいると、緊急事態の時に救急車が到達するのに多くの時間がかかる。
村の小中学校まで一番近い消防署(しかも隣町)から15~20分。
さきほどの実例ではないが、心肺停止状態のこどもがいた場合、何も施さなければ確実にその命は失われる。
私は長い間、へき地に住む人々こそ救命法を学び、そしてへき地にこそAEDを導入して、村に住む人が「あんじゃねぇ」(大丈夫、安心しろの意味の方言)と安心して暮らせるための土台創りに奔走してきた。

救命法のスキルだけを教えようとしているのではない
今日もまた全国でいじめや虐待で命の危機にさらされているこどもたち。
世界中で紛争や飢餓に直面しているこどもたち。
生きたいと強く願いながらも、コロナや病気、自然災害で死んでいくこどもたち。
市井に生きるひとびとの命の尊厳、ないがしろにされ続けるこの国の若者の尊厳。
それらに無関心になってしまっているのではないかと疑いたくなるこの世の中。
私は、救命法を通して、「一人一人が大事にされる」ことを伝えたい。
つまり民主主義の土台を伝えたい。
そして何よりも、一番大事な「命の尊厳」を伝えたいのだ。
だから、一般受講生に講習することが可能な「インストラクター」を養成できるトレーナー資格に挑戦したのである。
トレーナーとは、簡単に言えば「先生(インストラクター)の先生」である。

新インストラクター。きっと素敵な市民を育ててくれると信じている。

今回は、地元飯田女子短期大学の現職教員が、インストラクター養成講座を受講した。
大学でリスクマネジメントや野外活動を学んでいたり、大学教員の前は小中教員だったりもして、指導経験も豊富。
受講生の豊かな経歴と何よりもやる気に満ちた受講態度にも支えられ、ゆっくりじっくりと養成した。
どれだけ確かなスキルや深い知識があっても、それを使おうとする「気持ち」がなければ意味がない。
私が所属する「MFA(メディック・ファースト・エイド)」という機関は、受講生が講座を終えて帰る時に「救命法って難しい、やっぱり私には無理」ではなく、「救命法って難しい、でも私にもできるかも」と、ちょっぴりの自信を感じてくれるような救命法プログラムを開発した機関だ。
つまり、学習しやすい講習であり、「やる気」を育てる講習なのだ。
だから世界中で支持されいてる。

東北で再び大きな地震が発生した。
改めて、ご近所の絆を確かめる機会でもある。
阪神大震災でも、被災した市民同士が迅速に応急処置を施すことができていたら、多くの命が助かったという。
山間地でも都市部でも、平時でも災害時でも、命の尊厳に変わりはない。
今回、私が認定したインストラクターは、こんな世の中で「私にもできるかも」と命の尊厳に向き合う市民を育ててほしい。
小さな山村から力いっぱい応援したい。

代表 辻だいち