貧すれど貪せず ~魂の言葉を胸に低空飛行を続ける~

「貧すれど貪せず」。

この言葉をご存知だろうか。
よく耳にする「貧すれば鈍する」は、「暮らしが貧しくなれば、心までも貧しくなる」という意味で使われる。
それとは真逆の言葉であり、人口1600人の小村である長野県泰阜村の〝魂の言葉〟だ。

昭和初期の世界恐慌。泰阜村でも村民の生活は窮乏していた。村では教員に給料を支払えず、給料を村に返上して欲しいと要望した。
それに対して当時の校長は、「お金を出すのはやぶさかではないが、目先の急場をしのぐために使うのではなく、むしろそのお金をもって将来の教育振興に役立てるべきだ」と、将来を担う子どもの情操教育のための美術品購入を村に提言した。

「どんなに物がなく生活が苦しくても、心だけは清らかで温かく、豊かでありたい」という考えは、村民のほとんどから賛同を得られたという。
最も厳しい時にこそ、子どもの未来にお金も気持ちも注ぐべき、という気風が、「貧すれど貪せず」という魂の言葉に宿り、泰阜村に暮らす人々に今なお脈々と受け継がれている。

さて今、2021年。
1986年からこの泰阜村に根差し、「村の教育力」を自然体験活動(山村留学やキャンプ)に反映し続けてきたNPOグリーンウッドは、新型コロナウイルス感染拡大で、34年間で初めて夏・冬キャンプ事業「信州こども山賊キャンプ」の全面中止を余儀なくされた。
毎年1200人もの子どもたちと350人の青年ボランティアが参加する全国屈指のキャンプ。
その中止の影響は深刻だ。

昨春から行き場を失い続ける全国の子どもたち。
彼らの命の安全を最優先にしたとはいえ、全面中止の決断は身がひきちぎられんばかりだ。
コロナウイルスもまた自然。
今こそ自然と人間の関係、自然を舞台にした学びを子どもたちに提供すべき時期でありながら、私たちがその役割を果たせない状況はまさに断腸の思いである。

この小さな村から、夏・冬の風物詩だった「子どもの声」が消えた。
キャンプ場には草が生い茂り、自然界の音だけがただただ奏でられている。
子どもが食べる野菜を丁寧に栽培してくれていた農家の皆さんが、今年は寂しそうな顔をしている。

毎年のルーティンだった農作業を失っただけではなく、こどものために作る、というやりがいをも失った寂しさなのだろうと、その胸中を推し量る。小村の人々が、村の外からやってくる子どもに、いかに勇気づけられているかに改めて気づく。

当然のことながら、NPOの年間収入の約5割弱を生み出す夏キャンプ事業を失った今、NPO経営は壊滅的な状況となっている。
団体設立以来最大の危機に立ち向かう日々だ。
経営者としては、とりわけ泰阜村に定住した若い職員たちを路頭に迷わせるわけにはいかない。
彼らの雇用を守ることはそのまま、この村の持続性を守ることに直結する。
NPO経営と地域の持続性は、表裏一体でもある。

この状況は、日本全国の同業形態の仲間(いわゆる自然学校)も同じだ。
存続の危機に息も絶え絶えの仲間たち72団体と、私が理事も務める公益社団法人日本環境教育フォーラムが協働して、緊急クラウドファンディング「自然学校エイド」を立ち上げた。
団体で分配すれば正直なところ「焼け石に水」だったが、こどもの自然体験活動を支えようという尊い思いが全国から集まったことには、次の社会への希望を強く感じる。

自然を教育財として取り組む私たち自然学校は、コロナ禍の収束後こそ出番だ。
自然と人間の関係、自然を舞台にした学びは、次の時代に必ず必要とされると確信している。
しかし出番が来た時に、私たちが倒れていては、こどもの学びを支えることができない。

自然(ウイルス)の猛威におののく子どもに、もう一度、自然の素晴らしさを伝えたい。
分断と差別にさらされた子どもに、もう一度、人々を尊重し、支え合う素晴らしさを伝えたい。
どんな過酷な状況に陥っても、周囲と協調しつつ責任ある自律的な行動を自らとる子どもを育てたい。

これらの思いを胸に、必ず再起して子どもに希望と未来を語り、次の時代における質の高い学びの仕組みを構築したい。
クラウドファンディングで呼びかけたことは、決して「現在の窮状に対するSOS」だけではない。
「子どもたちの未来への先行投資」だ。

必ずや再び、あふれる自然の中で、こどもたちに希望を語りたい

僭越ながら「学びの仕組み」を提案したい。
それは、複数の小さな地域(農山漁村)同志がネットワークを構築し、それぞれの地域の小中学生一斉に交換留学させるという政策だ。

交換留学なので、従来の山村留学とは違い、「おらが村」の子どもの数は増えない。
しかし1年間、多様な地域の生活を体験した子どもが自らの地域を見つめる眼を養って帰って来ると思えばおつりがくる。
留学の経費は、子どもを送り出す地域(自治体)が負担する。送り出す責任と受け入れる責任を、全地域が同時に負う仕組みを全国的に作る。
義務教育9年間の1年間、希望した子どもは他地域に留学ができる。
「かわいい子には旅させろ」をオールジャパンでダイナミックな政策として展開するということである。

この政策を、全国の自然学校や地域自治体と共に進めたい。
その次は、NPOスタッフ、役場職員、教員、猟師、農家の交換留学など、夢は広がる。
この提案は、信念ある地域間ネットワークの人材育成・人材還流の政策提案である。
なお、この政策提案は第15回マニフェスト大賞(毎日新聞社共催)の政策提言賞部門の優秀賞を受賞した。

「貧すれど貪せず」は、コロナ禍で右往左往する今の世にこそ通じる行動指針だろう。
高く飛ばなくてもいい、速く飛ばなくてもいい。
落ちそうで落ちなければそれでいい。
低く遅くても、それでも「前向き」に低空飛行を続けよう。
「最も厳しい時にこそ、子どもの未来にお金も気持ちも注ぐ」という魂の言葉を胸に、希望を失わず、未来を見続けて飛び続け、必ず再起したい。

最後まで読んでいただいた方に、私から改めて心よりのお願いを2つ伝えたい。

1.2021年度の講演・講義(オンライン、対面どちらでも)などに、ぜひともお呼びいただけませんか
2021年、NPOグリーンウッドは法人化20周年、「暮らしの学校:だいだらぼっち」は活動開始から35周年を迎えます。
おこがましいようですが、この歴史・実績を”魂の言葉”に載せて、講演活動などを通して社会に丁寧に還元・提言していきたいと強く想います。
ぜひ2021年度の事業計画・事業予算で、私たちが話をできる機会をご検討いただけますようお願い申し上げます。

2.2021年4月以降も、NPOグリーンウッド独自の寄付を引き続きお願いできませんか。
NPOグリーンウッドは独自の寄付を募り続けています。
2021年も視界が晴れず、4月以降も低空飛行を余儀なくされそうです。
どうか〝未来への熱意〟を、お寄せいただけますようお願い申し上げます。https://www.greenwood.or.jp/kifu.htm

そして願わくは多くの人の目にとまるよう、この記事・情報などを皆さんのSNSなどで拡散・シェアいただけますようお願い申し上げます。

つじ・ひでゆき
1970年福井県生まれ。人口1600人の泰阜村に移住して27年。「何もない村」における「教育」の産業化に成功した。村の暮らしの文化に内在する教育力を信じぬき、関わる人々全てに学びがある質の高い教育を提供する傍ら、青森大学特任教授・立教大学非常勤講師など講演・講義に全国を飛び回るほか「泰阜村総合戦略推進官」として「教育立村」の実現に向けて奔走する日々。著書「奇跡のむらの物語 1000人の子どもが限界集落を救う!」(2011年農文協)

※上記の文章は毎日新聞ウェブサイト「毎日フォーラム」に掲載された文章に一部加筆したものです。原文は以下。
https://mainichi.jp/articles/20201109/org/00m/010/023000d