だいだらぼっちの卒業生にインタビュー (2011-2012年度参加) かい

「自分の頭で考える」という習慣はいろんなところで繋がっています。他者との会話の中で生まれてくる意見もあったし、結論を出すまでの考え方や時間も人それぞれ。そういった差異も受け止められる懐の深さがだいだらぼっちをだいだらぼっちたらしめている一つの要素だと思います。

だいだらぼっちの卒業生にインタビューするこの企画、今回はだいだらぼっち26期生のかいです。

かいは、だいだらぼっち二十六年目から二十七年目(2011~2012年度)に、小学6年生・中学1年生の二年間をだいだらぼっちで過ごしました。だいだらぼっちにきたばかりのときは、ビックリするほど距離感が近くて、人懐っこい子だなぁと思った覚えがあります。やることやるし頭もいいのになぜか腹黒いと言われてましたっけ(笑)。本当に腹黒いわけではなく、口が悪いって言うか、思ってることを上手に言いまわすとかいうことはせず、悪気はないのだけどストレートに言ってしまうため、相手にとっては痛いところを突かれることが多くなってしまうという、うまく立ち回るのが下手というか、とにかく女の子に対して対応がへたくそだったことを覚えています(笑)。中学生の時はテニス部に入っていましたが、部活に出る分、朝ごはん隊に入るとか、休日必ずご飯隊に入るとか、平日にみんなと同じ時間にできない仕事を朝早く起きてやるとか、かいが部活をやることに対して、文句を言う人はだれ一人としていなかったことも覚えています。そんなかいは今どんなことをしているのでしょうか。
それではインタビュースタート!


ーかいくん、こんにちは、本当にお久しぶり!早速ですが、まずは簡単に自己紹介をお願いします。

 

こんにちは。小6、中1の2年間参加していた、かいです。今は東京で彼女と暮らしつつ、忙しく働いています。服を着たりファッションショーを見たりするのが好きなので、残業で得たお金はかなり服に流れていってます…。

 

ーかいくんは今どんなお仕事をしていますか?なぜそのお仕事に就いたのですか?また、どんなことを想ってお仕事していますか?立て続けにすみません(笑)。色々教えてください!

 

今はコンサルティングファームで働いています。もともとは金融系のSEをしていたのですが、もっとハードに働きたい、ということで転職しました。
コンサルはなかなか馴染みがない職業だと思うので簡単に説明すると、企業の経営層やコーポレート部門の方に対し、各種事業の方向性について提案したり、時にはプロジェクト実行を伴走で支援したり、といったお仕事です。
最近は、世界に子会社をもつメーカーのセキュリティ統制を如何に強化するか?といったお題のプロジェクトに取り組んでいます。
コンサルというお仕事は、依頼してくれるお客さんの存在が前提となるため、少しでもそういった方の役に立てれば、と考えながら働いています。

 

ーSEの仕事に就いたことまでは聞いてたけど、転職したとは知りませんでした。もっとハードに働きたい、の“ハード”の部分が気になりますね(笑)。
お仕事の上で大変だったことや困ったことはありますか?また、それらをどう乗り越えてきましたか?

 

契約範囲内かつお客さんのためになる、と判断できる作業は全てやるため、どうしても忙しい時期が発生します。文字通り夜を徹して資料を作成することもあり、そういう日が続くとなかなか大変です。今年の6月は1か月間ほとんど寝れませんでした(笑)。
自分の能力という意味でも、残業代という意味でも、極限状態で得られるものはたくさんあるので、それを心の支えにして乗り越えています。

 

ーなるほど、かいくんっぽい返事ですね。ただの損得勘定ではなく、いい意味でちゃんと自分のメリットもおさえてるっていうのかな。
お仕事をしていてよかったと思うことや、一番の思い出などあれば教えてください。

 

自分のリソースを全部つぎ込んで作った資料や施策に対して、上席の方やお客さんからいい反応をいただけたときは達成感が半端ないです。あと、情報が複雑すぎるあまり、お客さん自身ですら課題が何なのかわかっていないこともあり、それらを整理して新しい示唆を出せたときもうれしいです。パズルが解けた時の達成感に似ています。
人と議論したり物事をいろいろ考えたりするのが好きなので、向いている仕事なんでしょうね。

 

ーそんな気がします。パズルが解けたときの感覚、すごく納得なのと、めっちゃ理解できました!自分で”向いている”といえるお仕事に就けるなんて、幸せですね!
かいくんが今のお仕事に就くまで、だいだらぼっちを出た後の高校生活や大学生活など、どんなことを体験したのか、きっとたくさんあると思うので教えてください。また、その中で一番の思い出…あ、一つじゃなくてもいいので教えてください。

 

だいだらぼっちを卒業した後は、中学・高校と部活(軟式テニス)にとにかく熱中していました。「テニスが強いか」という軸だけで高校を選んだため、両親から心配された記憶があります。
高校まではずっと東京にいたのですが、大学は京都の大学を選びました。高校生の時に見た『四畳半神話体系』というアニメの舞台となった大学で、「変わり者が多い」というイメージに当時の自分は憧れを抱いたわけですね。あと、京都という土地自体への憧れもありました。
テニスは高校でやめたので、大学ではスポーツをやらないと思っていたのですが、いろいろと縁があってカヌースプリントというスポーツを結局やっていました。ただ、大学時代は部活だけではなく、京都の学生生活を楽しんでいました。散歩がてら寺をなんとなく眺めたり、古本屋で激安で手に入れた本を鴨川で読んだり、着物の前撮りスタジオでバイトをしてみたり、友人と大学の図書館で朝まで話していたり…。勉強した記憶はあまりないかな?(笑)
京都は街が小さく、自転車や徒歩でどこでも行けてしまうので、ふと思い立ったときに行動するハードルが低かったなと思います。いい思い出です。

 

ーそういえばかいくんはアニメ好きでした!中学高校はテニスに明け暮れていたのもわかる気がします。泰阜中学校でもテニス部でしたもんね。あの時も熱心に部活に打ち込んでました!だいだらぼっちってここでの生活と部活との両立が結構大変で、よっぽど強い意志と覚悟がないとくじけちゃうと思うのですが、かいくんはへこたれなかったもんね。かいくんが中1の時に小6で入ってきたもえが、一年後、中学で部活をやる上での見本はかいくんだったと言っていましたよ。それにしても「変わり者が多い」に憧れるなんて、だいだらぼっちでもう充分すぎるほど変わり者に出会っていると思ったけど(笑)。兎にも角にも学生生活を楽しんでいたことがわかりますね。
だいぶ大人になったかいくんですが、働きはじめて、こどものころには気づかなかったことや改めて感じたことなど何かありますか?

 

月並みですが、お金を稼ぐことの大変さを日々感じています。
これには2つの意味があって、1つ目は社会人として働いてお金を稼ぐことの大変さです。みんなあたり前にやっていますが、週に5日、1日8時間働くってありえないくらい大変ですよね。家事も自分でやらなきゃいけないし。いずれはのんびり暮らしたいです。
2つ目の意味としては、仕事でお金を生み出すことの大変さです。コンサルという業態は、お客さんからの依頼を得なければお金を稼げませんし、何か製品を生み出しているわけではないです。提案活動をして案件を獲得してくる上司は本当に大変そうだなと思います。また、その案件でお客さんからいただく、ありえないほど高額なフィーは、お客さんが事業を営んで生み出したお金から払っていただけるものです。士農工商で、”商”が一番下に位置付けられていたのも、コンサルをやっているとある意味納得できてしまう瞬間はあります。
ただ、どちらの立場が偉いか、ということではなく、いずれは両方の立場で”お金を稼ぐ”経験をしてみたいと感じます。

ー士農工商のくだりが面白いんですけど、「士」は別として、「農・工・商」って、今でいう第一次・第二次・第三次産業とおんなじ感じだけど、昔から「商業」他「サービス業」っていうのが上から数えて一番下っていうのは今かい君が感じていることと同じなのかな?その第三次産業が今は数も種類もすごく増えてると思うのだけど、その中で生き残っていくって結構大変な気がします。かいくん的にはコンサル業の未来はどんな感じですか?

 

ここでいう「商」は「モノを仕入れて売り、利鞘を得る」という解釈です。自身で何かモノを生産しているわけではなく、商品を横流しして生活しているので、ほか(士・農・工)と比べて低い序列にいた…と学校で教わった記憶があります。
もちろん、①生産者からモノを直接入手できない人にとってはそれ自体が付加価値、②士農工商はそもそも序列ではなく単なる羅列であるという説、③近代経済学における「財・サービス」が端的に表すように、モノの生産だけが価値ではない、といったように色々考え方はあります。
…もとの話に戻ると、やはりコンサルは何かを生み出す、というよりは、そういった企業活動全般に対してのアドバイスをするということが基本的に多いため、自分の「商」の解釈に近い職業です。
方針を示すところまでが自分たちの領分で、実行はお客さん、という形態に対して、自分の付加価値は何なのか?と考えてしまう、というのが言いたかったことです。もちろん、間接的な形では「生産」しているし、そこに付加価値があると思っているからお客さんも依頼してくださっているわけですが…。この辺りは自分が働く中で見つけていくしかなさそうです。
「コンサル業の未来」といわれると、こんな若造が語っていいのかと思いますが、持論を一つ。
ここ数年で、「VUCAの時代(Volatility・Uncertainty・Complexity・Ambiguityの頭文字を取った造語で、社会やビジネスにとって、未来の予測が難しくなる状況)」という概念が登場しました。AIの進化や国際的な紛争とかで未来がどうなるかわからない!ということですね。こういった状況においては、コンサルの需要は続くのではないかと思っています。というのも、コンサルの職能として「一見答えがわからない、思いつかないような問題に対して、論理的・推論的に解を出す」というものがあるからです。ここでいう解が必ずしも正しいということはないのですが、たいていのお客さんは解の正しさよりも、解をだしてくれることそのものに価値を感じていることが多いです。
課題が複雑すぎて自分たちではどう考えていいかわからない、直観的な解はあるがその裏付けが体系的にできていない、社内のパワーバランスに関与しない第三者の保証(箔付け)がほしいなど事情は様々ですが、ビジネスを進める上で、「こういう風にやりましょう」という指針を示してくれる役割は重要であり続けると思います。
じゃあ自分たちの社内でそういう人材を育てればいい、という話にもなりますが、これまでの経験の蓄積、働く上での思考法(仮説思考、フェルミ推定とかが代表的)の違いなどから、「方針を示す」という点におけるコンサルの優位性はかなりあると思います。
…というかこういう話になると説明臭くなってしまって…。つまらないな…。

 

ーいやぁ、面白い!ちっともつまらなくないですよ。もっとずっと話を聞いていたいくらいです。これはそのうち呑みながら話をするしかなさそうですね(笑)。
いずれは両方の立場でお金を稼ぐ経験をしてみたい、とのことですが、具体的なイメージは何かありますか?

 

コンサルとしてお金を稼ぐ、というのは自分で案件を成約させる、ということなのでイメージはある程度ついています。自分で何かを生み出して稼ぐ、というのは自身のキャリアパス的にもまだイメージはできないですね。なんの制約もないのなら、服とか日用品とかを作って売ってみたいです。ビジネスでなくても個人的にやってみようかな~と思います。適当ですね(笑)。

 

ーそのくらい緩さがあるほうがいいかもしれませんよ(笑)。
ところで、かいくんがいたころのだいだらぼっちはどんな感じでしたか?

 

他の年度のことをあまりよく知らないのでむずかしいですが、個性的なメンバーがたくさんいたと思います。のんびりな人、せっかちな人、たくさん遊びに行きたい人、だいだらの中で遊びたい人、などなど、生活の中の些細な話し合い一つとってもいろいろ意見が出ていました。多数決で決めない、というルールがあったので、話し合いは長くなっていた記憶があります(笑)。 今振り返ると、あんなに大人数でいろいろ意見が出ていて、どうやって答えを出していたんだろう…と思います。

 

ー本当に長い話し合いだらけでしたよね。それは今もですけど(笑)。大人がやろうと思ったらたぶん大変だと思いますよ。こどもだからこそできることってたくさんありますからね。ヘタに長いこと生きてると頭が固くなったりしますから。体も心も柔軟なこどもだからこそっていうことはあると思います。
当時の出来事で一番印象に残っていることはなんですか?また、面白エピソードがあったら教えてください。

ものづくりがすごく好きだったので、穴窯・登り窯は印象に残っています。特に登り窯は(たしか)期間も長く、お祭りのような感覚で楽しんでいました。詳細は忘れてしまったので間違えているかもですが、1400℃くらいまで(実際は1300℃くらいです)温度を上げる必要があり、窯の温度計が示す数値の変化や炎の音・色など、限られた情報から「なぜ温度が上がらないんだろう?どうやったら温度が上がるんだろう?」と考えて仮説を立て、薪の投入によって検証していくというプロセスはとても楽しいものでした。真冬の冷たい空気の中、朝早く起きて前の組と引継ぎをし、さあどうしようか組の人と話し合ったのはいまでも覚えています。
ここまで話して思い出しましたが、泰阜の冬はすごく好きでした。単純に寒いのが好きだったし、空気が澄んでいるのが最高でした。卒業後はなかなか遊びに行けていないですが、遊びに行くときは冬に行きたいですね。

ーそういえばかいくんはスキーが得意でしたね!ぜひまた空気の澄んだ冬にも、それに限らずどの季節でも、帰って来てくださいね。
そんなだいだらぼっちでの暮らしは、今のかいくんにどんなふうに繋がっていますか、あるいはどんなふうに位置づいていますか?

登り窯の話でもあったように、「自分の頭で考える」という習慣は部活や受験、今の仕事にいろんなところで繋がっています。
だいだらぼっちでは、衣食住のケアや勉強など「やらなきゃいけないこと」についてはもちろん、遊びやイベントなど「やりたいこと」に対しても「自分で考えをもち、実行/主張すること」が必要とされていたと思っています。もちろん、意見をもてること/表現できることが偉い、というわけではなく、他者との会話の中で初めて意見が生まれてくることもあったし、結論を出すまでの考え方や時間も人それぞれでした。そういった差異も受け止められる懐の深さがだいだらぼっちをだいだらぼっちたらしめている一つの要素だと思います。

 

ーく~!この感じ、肝心なところで絶対適当なことを言わない感じが相変わらずですね!普段はテキトーだったり、面倒くさいことには首を突っ込まない感じがあったりするのに、大事なことは絶対首を突っ込むし、ちゃんと考えているこの感じ。懐かしいですね!
そんなかいくんが今夢中になっていることはありますか?あれば教えてください。その魅力も!

 

服を着ること、ファッションショーを見ることが好きです。
特にISSEY MIYAKEという日本のブランドがとても好きです。三宅一生さんというデザイナーが立ち上げた歴史あるブランドで、「一枚の布をまとう」という根源的な服の形態、人と布の関係性に着目し、それをデザインに反映させています。今回送った写真の中でも着ています。ここまで聞くと、ただの服オタクの話に聞こえると思いますが、ISSEY MIYAKEは、デザインのほかに、「ものづくり」のプロセスを非常に重視しているという点も魅力があります。素材としての糸の研究や開発まで手掛けること、刺し子・引き染めなど日本の伝統的な技術の活用、残布(布を裁断したときに使われない部分)を0にするデザインなど、ほかのブランドにはない哲学のもとに服作りをしているブランドだと思います。だいだらぼっちの人も共感できる部分はあるんじゃないでしょうか。気軽に買うのは難しい価格帯ではありますが、どんな人でも一度は着てみてほしい服です。

 

ーISSEY MIYAKEのデザインはみけも好きなものがあります。持っていないし詳しく知っているわけではないですが、わりとシンプルで、まさしく「纏う(まとう)」がぴったり!かいくんの話を聞いて納得の部分大有りです。そこまで入れ込むISSEY MIYAKEとの初めての出会いはいつで、どんな感じだったのでしょうか?

 

ブランドとして認知したのは大学生の頃で、初めて買ったのは社会人になってからです。京都の一乗寺あたりに恵文社というセレクト系の書店があり、そこで立ち読みした雑誌に載っていたのを見たのが初めてだったと思います。いわゆるファッションショーの奇抜な服と違って、ずいぶん普通の服もあるんだな、と思った記憶があります。
そこからしばらくは金銭的な都合で買うことはなかったのですが、社会人になって余裕がでてきたころからたくさん服を買うようになりました。初めて試着したのは代官山の店舗で、ベーシックな形のTシャツとパンツを着ました。独特の肌触りと形に感動して、そのまま2着とも買って帰りました(笑)。

 

ーよっぽど相性が良かったんですね。みけも興味をそそられてしまいました。
そんなかいくんの夢を教えてください。

 

明確な夢はもててないです…。
年齢的に肉体的なピークを過ぎているし、仕事しすぎなのもあって、体に不調が出ることが増えたので、健康に生活していきたいです(笑)。あと、犬が大好きなので犬と暮らしたいですね。

ーそういえばもうだいぶ前にかいくんのお家にお邪魔したとき、犬がいましたね。それにしてもこの字面だけ見たら、まだ若いのにおじいちゃんみたいなこと言ってますよ(笑)。でも、いくつでも健康は大事なので、本当に健康な生活を送ってください。身体の酷使には気をつけてくださいね!
最後に今のだいだらぼっちのこどもたちにメッセージをお願いします!

 

いろいろ語ってきましたが、中学も高校も大学もこれまでの社会人生活も、「あのとき面倒くさがらずに、もっと色々やっておけばよかった」、「もっと自分の興味あるものを掘り下げてみたかった」という後悔は尽きません。
だいだらぼっちの1年間も長いようであっという間だと思うので、やりたいことをどんどん見つけて、どんどん実行してもらえればと思います。

 

ーこれだけ考えて先を読んで行動しているかいくんでも「あのときああしておけば!」って思うっていうことが、こどもたちに伝わるといいなって思います。素敵な言葉をありがとうございました!

とにかく頭の回転が速くて、本質をとらえることができて、勉強も遊びもやることやるっていうイメージのかいくん。それはそのままなのですが、へたくそだった女子への対応というか、自分の思うことを人に伝えるうえでの気遣いがうまくできるようになったんだな、ということをインタビューで感じました。コンサルというお仕事は、みけが思うに提案する内容以上に人との関わりに大きなウエイトがあるのでは…。その困難を超えた先にある達成感…まさしくだいだらぼっちでの暮らしと同じく「大変は楽しい!」そのものですね。まだまだ掘ったらいくつも話題が出てきそうです。話足りないので、ぜひ近いうちに彼女と一緒にだいだらぼっちにきてくださいね。いつでも待ってます!