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代表だいちのGREENWOODコラム


2020年10月1日
東大の教授と泰阜村の教授、どっちがスゴイか勝負しようじゃないか



20年前、木下さんは私に夢をつぶやいてくれたのだと、今そう想う。
「辻君、わしゃ、生まれ変わったら教師になりたい」と。

そして今、おこがましいが私がつぶやく。
「木下さん、聴いてくださいよ。私の夢はですね・・・」
と、授業が終わりZOOMを閉じて、私は木下さんに語りかけた。

私にはどうしても実現したい夢がいくつかある。そのひとつは、このブログでも再三宣言してきた「多地域間交換留学」だ。その想いは、このブログで一番読まれている記事になっているので、以下参照いただきたい。https://www.greenwood.or.jp/tane/1106/

さて、これと同じくらいに本気の夢がもうひとつある。それは、この村に4年生大学を創ることである。10年以上前から構想しているが、ほとんど誰からも相手にされない。あたりまえだ。全国の地方都市が実現したい大学誘致を、人口1600人の小さな山村が実現できるわけがない。誰もが最初(はな)からそう想って、私の夢など「たわ言」と感じていたのだろう。ところが本気で10年以上語り続けると、一緒に実現しようという仲間が増えてくるから不思議だ。やっぱり夢は中途半端じゃなくて、本気で語らなければ、本気の仲間が集まらない。しかも今年度のコロナでオンライン授業。全国どこからでも授業を配信できることがわかったではないか。実現に一歩も二歩も近づいていることを、これまで私に夢を聞かされてきた人は感じていることだろう。

4年生の大学を創る、という全体的なビジョンはまた別途記したい。もう少しミクロ的に言うと、泰阜村のおじいま・おばあま(おじい様・おばあ様という意味の方言)を大学教授にしたいということに尽きる。こんなことを言うと、さらに「無理に決まっているだろう」という言葉があちこちから飛んできそうだ。そして当のおじいま・おばあまたちは「そんなこと、わしゃ無理だに。高校も行ってないわしなんか、そんなそんな。辻さん、ばかなこといっちゃいかん」と私を睨みつけてくる。それが現代社会の普通のステレオタイプだ。

数年前、地方大学の理事長と話す機会があった。私がこんな夢を持っていることをどこからか聞きつけたのだろう、こんなことを話してくれた。
「辻君、東大の教授と泰阜村の高齢者、どっちがスゴイんだろうね?」
私は、泰阜村のおじいま・おばあまに決まってるじゃないか!と心の中で叫んだ。理事長は続ける。
「普通に考えれば東大の教授だよな。でも、それ、本当かね?」
ん? 何だ? 話がおかしいぞ、どうしたこの人??? 
「おそらくだけど、泰阜村の高齢者の皆さんは、東大の教授に匹敵するモノを持ってるんじゃないかな。東大の教授と泰阜村の高齢者、どっちがスゴイのか。そんな発想から大学を創るっていうのはどうだ?」
目からウロコだった。

厳しい環境の中で生き抜いてきた村の人々の暮らしからこそ、次世代に伝える大事なこと、いわば普遍的価値を導き出せる。そう信じて34年、この実践を続けてきた。単なる民間団体の実践の域を超え、本質的な教育改革につながるよう政策提案も続けてきた。国の政策とはマッチしないだろうが、都道府県や市町村といった地方自治体、とりわけ小規模自治体の政策には一定の影響を与えてきたと自負している。こどもの自主性を重んじた教育活動を地域が一丸となって展開されていること、地方高校の国内留学制度の拡充などは、その一例だと考える。

―小さな地域の暮らしに立脚した学びー
地域の教育力は、これまでの教育のステレオタイプを凌駕する。その教育力を全身に纏ったおじいま・おばあまは、蓄積された知識・知恵はもちろん、実践・経験の価値は、すでに東大の教授並みだ。いや、もしかするとそれ以上かもしれない。彼らが堂々と教授になる大学を、この人口1600人の泰阜村に創る。そんなことを考えるだけでワクワクする自分は、ちょっとおかしいのかもしれない(笑)

立教大学「自然と人間の共生」の授業を受け持って10年。最初の年の2011年から、泰阜村のおじいまを東京まで連れていってゲスト登壇をしてもらった。簡単に「いいよ」と言ってくれたわけではない。往復10時間の移動もそうだし、何より人前で話すことをあまり好まないひとびとだ。加えて、その高齢者にゲストとしての価値があるか、つまり高等教育に必要なのか、を大学側が判断する。「そんなの無理」と相手にされない時から、村に大学を創るその真意や想いを常に説き続けてきた私の想いが、おじいまにも大学にも伝わったからこそ、実現してきた。改めて立教大学には感謝したい。

「じゃ、わしの集落からやってみるか」
今年前期、村の木下藤恒さんが、オンライン授業に登壇してくれた。木下さんは、村最奥の集落に住んでいる。その集落は栃城(とちしろ)という。この地域では「とんじろ」と呼んでいる。鳥も通わぬと言われた集落だ。長野県の最高レベルのへき地は2つと言われたが、その一つである。ちなみにもう一つは、県の北端の栄村にある秋山郷である。拙著「奇跡のむらの物語 〜1000人の子どもたちが限界集落を救う!〜」には詳しく書いたが、この集落の存亡をかけて養殖漁業を立ち上げ、奇跡的に持続可能な集落にしたスーパーマンだ。
豊かな自然を財産と想うことができずに、「こんな村にいては将来がない」と、こどもたちを競って都市部に送り出した。残ったのは、高齢者と手が入らなくなった山。そんな絶望的な地域に、どうして残る決断をし、生き抜いてきたのだろう。

実は木下さんは、今回が初めてのゲストではない。ここ2年ほど、1コマ100分の授業のために、毎年東京まで出てきてくれている。“とんじろ”から東京まで片道6時間。頭が下がる想いだ。私は木下さんを尊敬し、師匠だと想っている。
「「わしゃ、生まれ変わったら教師になりたい」
20年前の木下さんの言葉は、私の魂を激しく揺さぶった。都市部から2週間のキャンプに来たこどもたちが、この村の、この地域の“良さ”を楽しそうに口にする。それを聞いて木下さんがつぶやいたのだ。
「辻君、わしは、この村の良いところを、村のこどもたちになんにも教えてこなんだ。だから、わしゃ、生まれ変わったら教師になって、この村の良いところをたくさん教えてやりたい」
それ以来、ずっと私の師匠である。いつもいつも、こどもたちの活動の傍にいてくれた。

そんな木下さんが「しょうねえな(仕方ないな)」とサバサバという。
「東京に行けねえんならしょうねえな。ここ(とんじろ)で授業やろう。辻君、できるら?(できるだろう?)」
正直、恐れ入った。最奥の集落でオンライン授業なんて、最初(はな)から無理だと想っていた。そう想った自分のステレオタイプが、軽やかに崩れていく。そうだ、ここでやればいいんだ、ここからリアルタイムで配信すればいいんだ。それは自分がやりたかった夢ではないか。木下さんが大学教授になるのだ。

“とんじろ”でパソコンに向かって、訥々と話す木下さん。私はできる限り、集落の様子をカメラで追った。集落の若者がライブで大学講義をやってるということ聞きつけて、今捕まえたという大きなヘビを見せにきた。
「ばかこぞう(こぞうとは少年という意味の方言)、そんなもん持ってくるな。学生さんが驚くじゃねえか」
と苦笑する木下さん。
授業の休憩時間に、そんな裏のやりとりもリアルタイムで流した。一瞬で寄せられる学生200人の質問に、孫に語り掛けるように、落ち着いた口調で答える木下さん。

正直、どうなるかとも思っていた。しかし、驚くべき学生の反応だった。話がうまいわけでもない。むしろたどたどしいくらいだ。しかし、そんな話術よりも、どんな逆境でも生き抜いてきた生き様が、学生の心を揺さぶったのだろう。

授業後にあっという間に集計されるリアクションペーパーには、ほぼ全員が、今までになかった素敵な学びだった!という感想が並んだ。リアクションペーパーを読んだ木下さんは、ニヤリと笑ってこうつぶやいた。
「東京とは違ってホームだから気楽だ。秋もあるんづら?(あるよな) 次は何を話そうかな。あれを生で見せるか…」
私の師匠が、学び続けている。それが、心底うれしい。そして木下さん、あなたはもう、本当の教師になりましたよ。

木下さん81歳。彼を必ず大学教授にする。村のおじいま・おばあまが教授陣の大学を創る。
東大の教授と泰阜村の教授、どっちがスゴイか勝負する。ま、どっちもスゴイんだけれどね。
こんな夢を皆さん、どうか応援してください。

オンライン授業は私にとって、泰阜村にとって、夢の実現の始まり始まりなのだ。
 代表 辻だいち




2020年9月15日
こどもたちの未来への投資 〜未来への熱意を集めたい〜



9月も半ばを迎えます。毎年この時期は、小さな泰阜村を隅々までめぐり、夏の信州こども山賊キャンプが無事終了した感謝の意を村民の皆さんに伝えます。「まあ、おあがりて(家に上がってお茶でも飲んでいきなさい)」と声をかけられ長居することもしばしば。直接御礼に伺えない全国、世界中の人々には、お礼状や報告書の文章に感謝の想いをしたためる日々です。キャンプが終わったというのに忙しくて倒れそうな毎日だが、会う人の笑顔や手紙の向こう側にいる人の笑顔(想像するに)に、身体を突き抜ける充実感を覚える時期でもあります。

それが、今年はありません。

今年はことのほか暑い夏でした。夏の山賊キャンプを実施していたら、熱中症はどうだったのでしょうか。昨年度までも現場スタッフたちは徹底的な熱中症対策を実施していました。何度も何度もインフルエンザやノロウィルスの直撃を受け、そのたびに徹底的な対策をバージョンアップしてきました。O-157などの食中毒も含めて、子どもたちが集団生活を送る上でのリスクに対し、これでもかというほど対策を練ってきた自負があります。当然のことながら、安全管理やリスクマネジメント研修、自己研鑽など、死に物狂いで取り組んできました。これらはすべて、こどもの命を守り、学びを支えるためです。

今年は感染症の前に屈しました。

夏は終わりました。30数年蓄積してきた安全管理のノウハウを、試すことも実施することもなく。キャンプ場には草が生い茂り、自然界の音だけがただただ奏でられています。こどもたちが集わない夏が、こんなにも寂しいとは。こんなにも身も引きちぎれんばかりになるとは。30数年、毎年こどもたちとキャンプをし続けてきましたが、全面中止は初めてのことです。コロナウィルスも自然です。今こそ自然と人間のつながりや関係、自然を舞台にした学びをこどもたちに提供すべき時期でありながら、それができない状況はまさに断腸の想いです。

そう想っているのは、主催者の私たちだけではありません。子どもたちが食べる野菜を大量に栽培してくれていた農家のおじいま・おばあま(おじい様・おばあ様の意味の方言)が、毎年のルーティンの農作業を失って寂しそうな顔をしています。野菜を栽培できないだけではなく、子どもたちのために作る、というやりがいを失った寂しさなのだろうと、その胸中を推し量ります。「夏の風物詩」と村の古老たちが表現した“3〜4日に一度、大型バスが連なって村にやってくる”“毎日毎日こどもたちの歓声が山と谷にこだまする”が、今年は全くありません。村中の夏の行事が次々と中止になることが輪をかけて、泰阜村という地域もまた活力をを失ったかのようです。小さな村の人々が、村の外からやってくるこどもたちに、いかに元気づけられているかに改めて気づきます。

今夏の信州こども山賊キャンプ。全面中止を決定したのは5月初旬です。理由は主に以下の2つです。
(1)集団移動・集団生活における感染症のリスクから子どもたちたちの安全を守ることができない
(2)泰阜村の人口に匹敵する青少年(約1500人)が都市部から集うインパクトに、高齢者を始めとする村民の皆さんのご理解を得られない。

とりわけ(2)は、地域に根差す団体の宿命でもあります。

そして当然のことながら、法人年間収入の約5割弱を生み出す山賊キャンプを失った今、今年度の法人経営は破壊的な状況となっています。団体設立以来最大の危機ともいえるこの難局に立ち向かうために、
1.全役職員の人件費大幅削減と交替制の休業措置、
2.雇用調整助成金等の公的支援金の活用、
3.新事業開発と実行(委託・助成含む)、
4.金融機関からの長期借入金
などの緊急対策を策定し、低い水準ながら全スタッフの雇用を維持して低空飛行の経営を続けているところです。

しかしながら、正直なところこれらの対策には限界があります。というか、全く歯が立たない状況です。山賊キャプと同様の事業形態(人を集めての教育活動)の見通しが不明な中、今年度の損失を補填して経営を再び軌道に乗せるためには、当然のことながら少なくとも5年の時間を要することが想定されます。泰阜村に定住した若い職員たちを路頭に迷わせるわけにはいきません。経営者ならだれもがそう想うことでしょう。彼らの雇用を守ることはそのまま、この村の持続性を守ることに直結します。法人経営と地域の持続性は、表裏一体でもあるのです。これもまた、地域に根差す団体の宿命です。

この状況は、グリーンウッドだけではなく、日本全国の同業形態の仲間たち(いわゆる自然学校)もおしなべて同じです。仲間も今、存続の危機の窮状に息も絶え絶えです。
そんな自然学校の仲間たち72団体と、私が理事も務める中央団体(公益社団法人日本環境教育フォーラム)がクラウドファンディングを立ち上げ、全国からの寄付を募っています。
https://a-port.asahi.com/projects/nature-school-aid/

もちろん、グリーンウッド単独でも寄付制度を設けています。
https://www.greenwood.or.jp/kifu.htm

この状況を、マスコミに何度か取材をいただきました。朝日新聞(8/18)と読売新聞(8/27)が、異例の大きさで取り上げ、ご覧になった人も多いのではないでしょうか。また長野県誌である信濃毎日新聞(9/7)は、なんとオドロキの1面トップ記事です。コロナや台風、与党総裁選や野党代表選などが目白押しの中で、新聞を手にしたときは目が点になりました。“こどもに必要とされる学びが失われる危機”を、マスコミの皆さんもまた感じているということなのでしょう。いずれの紙面でも、全国の数ある自然学校の中からグリーンウッドの状況が扱われています(私のコメントもたくさん掲載されています)。グリーンウッドが持つこどもやユーザーへの影響力、あるいはNPO経営、地域再生への期待が大きかったことが改めてわかります。それぞれの紙面のリンクを張り付けておくのでご笑覧ください。

朝日新聞(8/18) → 詳しくはこちら

読売新聞(8/27) → 詳しくはこちら


信濃毎日新聞(9/7) → 詳しくはこちら

以来、激励のメッセージと想いが届く毎日です。これまでつながりのある人びと、講演で呼んでくれた地域の人びと、キャンプの参加者や保護者の皆さん、山村留学の卒業生たち、夢を一緒に追おうとしている世界中の友人たち、新聞記事を読んだ見知らぬ人びと、なんと保育園や小学校の同級生まで。支援のカタチは様々です。口座への振り込みもあれば、情報のシェア・拡散だったり、食料提供だったりもします。新聞社の異例の記事扱いは、事実上、得意技での支援のカタチでもあるのでしょう。講演や原稿執筆、フォーラム講師や事業の委託など、仕事としての支援もあります。多くの人から“質の高い支え合いの気持ち”をいただいていることを強烈に実感します。

自然を教育財として取り組む私たち自然学校は、コロナ収束後こそ出番でしょう。自然と人間のつながりや関係、自然を舞台にした学びは、次の時代に必ず必要とされる学びです。私はそう確信しています。出番が来た時に、私たちが倒れていては、子どもたちの学びを支えることができません。

自然(ウィルス)の猛威におののく子どもたちに、もう一度、自然の素晴らしさを伝えたい。
分断と差別にさらされた子どもたちに、もう一度、ひとびとを尊重し支え合う素晴らしさを伝えたい。
どんな過酷な状況に陥っても、周囲と協調しつつ責任ある自律的な行動を自らとる子どもを育てたい。

これらを子どもたち伝えるためにも、この逆境を逆手にとって必ずや再起し、山賊キャンプを再開します。そして、次の時代における質の高い学びの仕組みを構築します。必ずやこどもに希望と未来を語ります。そのためにもなんとしてでも生き延びます。

高く翔ばなくてもいい、速く翔ばなくてもいい。落ちそうで落ちなければそれでいい。低く遅くても、それでも「前向き」に低空飛行を続けます。希望を失わず、未来を見続けて飛び続け、必ず再起します。
お願いさせていただいていること、呼びかけさせていただていること。それは決して【現在の窮状に対するSOS】だけでありません。【子どもたちの未来への先行投資】です。どうか皆さん、改めまして、“未来への熱意”と“息の長いご支援”を心からお願い申し上げます。

改めてグリーンウッドの単独支援口座を記します。
https://www.greenwood.or.jp/kifu.htm

全国の自然学校と協働したクラウドファンディング口座を記します。
https://a-port.asahi.com/projects/nature-school-aid/
 代表 辻だいち




2020年9月1日
関わり続けることをあきらめない 〜”学びづらさ”を抱える短大生にエールを送る〜



LINEにコメントが届いた。「私の単位のためにたくさんの連絡をありがとうございました。とても助かりました」 あの学生がこんな感謝のコメントを書くのか!と、驚いた。その日、短大の最終試験。オンライン授業だったため、じゅうぶんな通信環境がなかった学生のために、何度か代替試験を設定する。その最後の最後の試験だ。直前までほぼ履修をあきらめかけていた学生が、なんとか試験を受けた。その学生からのLINEだ。ぶっきらぼうに退廃的なコメントを言い放っていた3ヵ月前とは、まるで別人のようだ。

以前の記事でも書いた。名古屋の短大の授業を受け持ってもう9年目になる。多くの女子学生を見続けてきた。短大学生の学びの背景は、私たちが考えてる以上に複雑だ。しかもオンライン授業が続き、ただでさえ“学びづらさ”を抱えた学生がさらに学びをあきらめていく。対面授業ならSOSを出そうとしてる学生の顔色や態度などから、関りもなんとか確保できる。しかし、オンライン授業の場合は、SOSをキャッチできないまま忽然といなくなる。突然でなくとも、途中で「もういいや」と脱落していく学生も一定の割合で存在する。

オンライン授業ということもあり、何らかの事情で授業に参加できなかった学生の救済措置を大学側も考えてくれた。授業の録画を視聴し、課題を提出すれば、それも出席となる。この措置が、学びの場を彷徨(さまよ)い続ける学生たちにとって、良かった。そして、私にとっても。
「始めはオンライン授業で戸惑うこともありましたが先生がネット環境が難しい子に対して録画での出席可能をしたりと沢山の配慮をしてくださりスムーズかつとても受講がしやすかったです。ありがとうございました」

履修をあきらめるな。学びをあきらめるな。オンライン上で声をかけ続けた。LINEをし続けた。きっと、学生にとってはうるさかったことだろう。ウザイおっさんと想われたかもしれない(笑) それでも私はあきらめなかった。関わること、関わり続けることが大事だ。“学びに無関心”になりそうな学生の心に、最大の関心を持つこ、持ち続けること。関心とは“心に関わる”“心から関わる”だ。
「授業の進め方や内容は先生がオンラインということもあり、あとから録画を見れるようにしてくれたり、リアクションペーパーの期限を長めにとってくれたりと私たちに配慮してくれていることが伝わってきて、とてもよかったです」

あきらめなかったのは、実は学生たちだ。声をかけ始めたころは、なかなか反応もなかった。が、4月休校→5月オンライン→6月対面(私はオンライン継続)→7月再度オンラインと、授業形態がどんどん変動し、不安が増えていくのだろう。6月下旬あたりから、学生からのLINEがどっと増えた。その内容に悲壮感はない。しかし明らかにSOSだ。その多くは「どうすれば出席扱いになるか」「締め切りはいつなのか」「課題提出の方法がわからない」などなど。

夜にLINE来ることもあった。非常識といさめずに、この時間にしかアクセスできない何らかの事情があるのでないかと想像して、対応した。ツールの使い方など、私よりもはるかに知ってるだろうと思う。それでも「わからない」と勇気を出して不安を言葉にしたその心に、ちょっとだけ寄り添う。彼女たちは、少しばかり“段取り”がわからないだけだ。学生の育ちや学びの余地を残しつつ、“段取り”を示すと、実はきちんと対応するものだ。授業終了後から翌週の授業までの1週間に、そんなやりとりを続けると、懐疑的で退廃的だった彼女たちも徐々に心を開くようになる。不安な心、折れそうな心が、ほんのちょっぴり和やかになったのかもしれない。
「オンライン授業はネット状況によって落ちたり止まったりするのが少し不便でした。でも辻先生は分からないことがあったら直ぐに回答してくださるのでとてもありがたかったです」
「今考えればオンラインの方が都合良かったなとおもいます。先生が優しくて助かった部分が沢山あり、感謝しきれません」

オンライン授業といえども双方向的・参加型の運営に苦心した。グループワークが難しくても、自らの考えをアウトプットすることを少し求めた。しかし「学びをオープンに」と言われても、他人との比較や自分が間違いを答えてしまう不安からか、なかなかシェアしない・できない学生たち。おそらく小中高と、他人に認められたり他人を認めたりする経験が薄いのだろう。極端に防衛反応を示す学生がいる。「自分だけがこんな想いなのではないか」「私だけが間違ってるのではないか」全員が今想ったこと、今学んだことを、一斉に入力し、リアルタイムで見える化する工夫をした。履修学生全員の今の考えが、リアルタイムで打ち込まれていくその現象に、歓声を上げる学生たち。他の学生の学びに対して、コメントを促すと、おずおずと入力を始める。自分の学びに対して、他の学生が真摯にコメントをしてくる。それが「新鮮でおもしろく」「授業に参加しているという感じがすごくした」という。
「みんなが作ったツアーや写真を見て、他の人の多様な感じ方や考え方を知る機会ができ、楽しかったです。いつか泰阜村に行ってみたい、もっと知りたいと思える授業で、笑顔になれるような授業でした」
「対面授業ができなかったのはとても残念だった。しかし、オンライン授業でも先生が熱心に授業をしてくださったのでとても分かりやすく楽しい授業だった」
「初めての事で最初の頃はオンライン授業に不安があったのですが、徐々に慣れて行く事が出来ました。一回くらいは対面授業で出来たら良かったなぁと思います。残念です。オンライン授業でもこちらが明確に授業目的ややるべき事などが理解出来るような授業の進め方だったのでとても分かり易かったです。特に、授業内でチャットだけでなく、LINEを使ったやり取りは情報がすぐに先生と共有出来てとても使いやすくてよかったです」

授業内での学生同士の関わりが増えると、私との関わりも増えてくる。それまでは単位をとるためにどうしたらよいかのやりとりばかりだったのが、他愛もないLINEも増えた。正直、若い女子学生の会話にはついていけない自分がいる(笑) でも、そんな他愛もないチャット上の会話が、彼女たちを励ますことにもつながるのだ。そして笑いの絶えない会話は、泰阜村にひきこもる私にとっても、実は励ましにもなったのだ、今想う。
「辻先生、いつも優しく対応してくれて本当にありがとうございました!!!!!!!!!!コロナウイルス収まったら泰阜村行かせてねね!!!!!!!!がちで!!!!!!!!!」

そして、連絡がとれた学生は全員、試験を受けた。快挙に近いと想う(笑) その試験にもなかなかアクセスしない、コミュニケーションが一番難しい学生が、たった一人で最後の代替試験を受け終えた。それが冒頭の学生だ。私はそのLINEに最後の返信をした。「一度も会えなかったけど、応援しています。これからも、がんばれよ!」

大丈夫だ。君たちの周りには、君たちを全力で応援する大人がきっと存在する。それを信じて生きよう。君たちもそんな大人になるのだから。いろんな事情や背景を抱えながらも、学びをあきらめなかった短大生に、心からエールを送る。
 代表 辻だいち




2020年8月15日
その向こう側にいるひとびとに 〜2020年 夏の日に〜


今日、8月15日。静かに迎えたいと想う日だが、今年はいつにもまして静かだ。

いつもの年なら信州こども山賊キャンプが最盛期を迎えている。「山賊キャンプが中止で…」という言葉や表現をこのところ多用している。その通りなのだからしょうがないが、未練がましく思われるのも本意ではない。

私は山賊キャンプを通して、こどもたちに伝え続きてきた。つきつめて言えばそれは「あんじゃあねえよ」という社会だ。あんじゃあねえとは“大丈夫だ、心配するな”という意味の方言だ。全国の様々なこどもたちがこの信州の山奥に集まって、自然を舞台に遊び尽くす。信州の自然の恵みを、体中に浴びて暮らす。隣の人の声に耳を傾け、支え合って生きる。これらはすべて、実に素朴であるがしかし、確かに「平和」な光景だ。平和というと堅苦しいイメージかもしれないが、私がイメージする平和はこんな「あんじゃあねえよ」という光景でもある。

目の前にこどもはいない。でも、いつだって目の前にだけこどもがいたわけではない。全国各地で講演に呼ばれるが、聴衆のお母さんの向こう側にこどもがいる。協働で仕事をする行政や地域団体の皆さんの向こう側にも。そして9年前に書いた拙著「奇跡のむらの物語 〜1000人のこどもが限界集落を救う!」の読者の向こう側にも。

今年は、それが画面の向こう側になっただけだ。距離のその先になっただけだ。目の前にいようが、向こう側にいようが、伝えることには変わりない。しかし例えばオンラインだからといって、言葉もまた空中をさまよってはいけない。こういう時こそ、地に足を付けた言葉を発しなければ、と強く想う。

世界中が危機を迎えている。国が強くなろうとする時、危機的な状況にある時、常に犠牲になり続けるのは「より弱いもの」だ。75年前の戦争で捨て石にされた沖縄がコロナ感染急増に喘いでいる。3四半世紀(75年)たった今もまた、政府の失政の捨て石にされようとしているかのようだ。核兵器禁止条約に批准せず、黒い雨訴訟を控訴するこの政府は、本当にニッポンの政府なのだろうか。アジアに目を移せば、中国が香港の自由や民主主義を奪うことがあっていいのかと思うがそれが現実だ。そんなきな臭い動きを大人の対応で調整してきたアメリカは、今や大統領が先頭を切って人権を踏みにじろうとしている。SDG’s(国連持続可能な開発目標)は「誰一人取り残さない(leave no one behind)」を謳うが、世界の為政者が堂々と弱者を置き去りにしているではないか。その際に発せられる為政者や指導者の「言葉」は、本当に地に足が着いた言葉なのか。

こんな姿を見せ続けられたこどもたちは、いったいどう育ってしまうのだろうか。こどもたちはどんな「平和」のイメージを持って生きるのだろうか。危機的な状況のしわ寄せは、確実にこどもたちに到達する。

今年の夏、泰阜村にこどもの歓声は聞こえない。しかし、いつも変わらぬ自然の音が聞こえてくる。この地域が紡いできた歴史の音が聞こえてくる。耳を澄ませ。きっと聞こえてくるはずだ。コロナ感染や経済危機、地球温暖化の危機の陰から聞こえてくる呻き声にも似たSOSの声が。絞り出すように小さく悲鳴をあげる弱者の声が。

目の前で勇ましい言葉を発するひとびとの「その向こう側にいるひとびと」のかすかな言葉に耳を傾けよう。そして「その向こう側のひとびと」に、地に足を付けた言葉を届けよう。「あんじゃあねえよ」という平和な社会づくりは、そこから始まる。

2020年、夏の日に。
 代表 辻だいち




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