2月13日
この熱を広げたい 〜 拙著が重版決定!! 〜
私の拙著「奇跡のむらの物語 〜1000人の子どもが限界集落を救う!」が出版されてはや2ヶ月が経ちました。全国の地方で地域再生に取り組む人びと、子育て真っ最中のお父さんお母さん、学校内外の教育関係の人びと、震災に直面して生き方を考え始めた若者、NPOで食べていこうとする人びとなどを中心に、多くの注文をいただき、2月20日にめでたく重版となりました。
想定していた読者層に読んでいただけていることに喜びを感じます。また、多くの人びとから、読後感をいただき、改めて本という形にしてこの25年を世に問うことの重要性を感じることができました。お読みいただいた皆様、本当にありがとうございました。
また、1月には暮らしの学校「だいだらぼっち」25周年記念パーティーを開催させていただき、地元泰阜村の人びとはもちろん、だいだら卒業生や保護者の皆さんなどあわせて200名が泰阜村に集いました。この四半世を支えていただいた皆さんに、本という形でその四半世紀の足跡を報告できたことは、感慨深いことでした。お集まりいただいた皆様、本当にありがとうございました。
この本の裏方さんを紹介します。出版社(農文協)側の担当者は蜂屋基樹さん。宮城県塩竈市のご実家が東日本大震災で津波の被害に遭いました。写真やデザインを担当したのは、デザイナーの吹野木綿子さん(ふきの編集事務所)。そして大好評の表紙イラストを担当したのは、イラストレーターの山中正大さん。皆、私より若い30代前半の人たち。若い力が私の拙著を土台から支えてくれました。
多くの人に支えられた拙著を、読売新聞、中日新聞、信濃毎日新聞、福島民報など、多くの新聞や雑誌でも紹介いただいています。ここでは、日本教育新聞と、日本農業新聞の書評を紹介します。
日本教育新聞
「協働が生む村に回帰の教育」
過疎の村に子どもたちの声が響く、それだけで村が元気になる。かつて短期山村留学を仕掛けた地元の人たちからこんな思いを聞いた。だが熱い思いがあったとしても継続させていくことは難しいという現実が一方にはある。
本書が紹介する山村留学はとてもパワフルだ。舞台は長野県下伊那郡泰阜村。25年前に仕掛けたのは、地元の人たちではなく、「ヨソモノ」のNPO法人グリーンウッド自然体験教育センターの若者たち。「山村」「教育」「NPO」の「金にならない3点セット」が常識を覆す。村人を巻き込み、全国の若者を巻き込み、活動自体が活性化し、発展していく。
村の暮らしの学校「だいだらぼっち」から、文科省・農水省連携事業の「子ども長期自然体験村」事業を契機に、村人との協働がスタート。村の住人を山賊に見立てる「信州子ども山賊キャンプ」には、夏と冬の長期休暇中、人口1900人の村が、千人を超える子どもと300人を超える青年ボランティアリーダーでにぎわう。村人自身も加わって、「案じることはない」という意を持つ、「あんじゃね自然学校」が生まれ、運営のかじ取りを話し合う会議「あんじゃね支援学校」で大人たちが学び合う。
「村を捨てる教育」から、村に回帰する教育へと大きく変貌する様子がわかる。今、教育に何が足りないか、痛感させられる快著。
日本農業新聞
「山村留学で価値見直す」
東京から高速道路を使って5時間以上もかかる長野県泰阜村で、1986年からある特定非営利活動法人(NPO法人)が山村留学を始めた。エコロジーとう言葉もなかった時代、この村の環境こそが子どもたちを健やかに育むと信じて活動をスタートさせた。本書は、NPOメンバーの25年間にわたる活動を振り返ったノンフィクションだ。
全国から村に集まった子どもたちは、共同生活を送りながら、自分たちで田畑を耕し、食事を作り、薪で五右衛門風呂を沸かす。山や川で遊び、時には村の猟師が罠で捕まえたイノシシの解体に立ち会う。なんとも不便で、そしてこれ以上にないほどに贅沢だ。読むほどに、ここで暮らし、学ぶ子どもたちがうらやましく思われてくる。
「わしゃ、そこにある山をどかしてほしいと、いつも思っていた。不便だし・・・中略・・・でもな、都市の子どもと触れ合うことで山の持つ価値がわかった」
当初、活動に懐疑的で非協力的だった住民も、徐々に自分たちの持つ財産に気づき始めた。子どもたちが目を輝かせて戯れる川、空、星、田んぼ、そして村人の知恵。子どもたちと触れ合う村の老人たちは「限界集落ではなく“現役集落”」と胸を張る。
今では、村とNPOが一体化、さまざまなプロジェクトを立ち上げるが、その信頼関係は一朝一夕に築かれたものではない。
不便で、何をやるにも時間がたっぷりかかる。それでも、こんな素敵な村をつくれるなら悪くない。日本全体が立ち止まり、自分たちが進む道を感がるべき今、この本から学ぶことは多い。
読んだ人びとの口うつし、手うつし、読みうつしで、ぼちぼち広がってきました。それに呼応するように、北海道、滋賀、福井、鳥取、東京など各地から、そして地域再生、子育て支援、NPO経営、地域づくり、学校教育など各分野から、講演の依頼が相次いでいます。
今まさに、暮らしの学校「だいだらぼっち」の母屋の薪ストーブを背にして、このコラムを書いています。ちょうど1年前に拙著の第一稿を同じ状況で執筆していました。背中に浴びる熱は、確かに泰阜村の里山から、地元の人びとのご協力をいただき、だいだらぼっちのこどもたちが引きずり出した間伐材を、ひたすら割ってできた薪が燃やされて、産み出されている熱です。暮らしの中にこそ学びがあると信じ続けた熱、苦しい時こそこどもの教育に情熱を注いできた熱です。
25年かけて蓄熱されたこの熱を、拙著を通して、閉塞感漂う日本社会に投じていきたいと想います。本質的な教育改革は、へき地から始まります。 (代表 辻だいち)
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1月4日
取り戻せ!「支えあい」の文化
2012年を迎えました。今年1年よろしくお願い申し上げます。
さて、すでにご存知の通り、NPOグリーンウッドでは、暮らしの学校「だいだらぼっち」に福島県と千葉県の被災児童2名を受け入れています。信州こども山賊キャンプでも、今夏のキャンプで福島県(いわき市、福島市、伊達市、郡山市、二本松市、田村市、鮫川村)のこどもたち47名を招待しました。
NPOグリーンウッドは、泰阜村が大事にし続けてきた「支え合い」や「お互い様」を土台にした支援活動をめざしてきました。泰阜村のような小さな地域が、東日本の小さな地域を支えます。そしてそれは、東日本のこどもを支えるだけではなく、被災していない日本全国のこどもの未来を支えることにつながります。震災支援を通して、隣の人の気持ちに耳を傾けることの本質、隣の人と共に生きるために違いを認め合いつつ「支えあう」ことの本質を、教育活動を通してこどもに伝えていきたいと強く思い続けてきました。
この小さな村に住む人々が、厳しい山岳環境と向き合って生き抜いてきた暮らしの営み、そして暮らしの文化に秘められた教育力を、被災地への支援のために発揮します。パワーのある大都市から被災地を支援するという大容量的な支援というものもあるわけですが、小さな地域だからできる等身大の支援がきっとある。そう信じて、泰阜村の1900人のひとびとは支援を続けてきました。
暮らしの学校「だいだらぼっち」で受け入れる2人の被災児童の受け入れ費用は、泰阜村行政が支援します。村の小中学校は2人が安心して学習できる環境を整え、村の住民はどこまでもやさしい瞳で守り続けます。
「夏の信州こども山賊キャンプ」では、福島県のこどもたち47人の食べる野菜や米は、すべて泰阜村の人々が提供しました。こどもたちが福島と泰阜を往復するバスの費用は、泰阜村行政が支援。こどもたちの参加費用は、泰阜村の住民をはじめ、全国の大学生や心ある人々が、募金活動をして集めてくれました。
泰阜村のみなさんとも協議して、今冬のキャンプにも福島県のこどもたち18名を招待することになりました。1月4日現在、雪のふりしきる泰阜村で、こどもたちは想いっきり山遊びを楽しんでいるところです。
昨年の大震災は悲しく苦しい歴史ではありますが、それは同時にこの国が失いつつあった「支えあい」の文化を取り戻し、ささやかな希望を改めて紡いでいく挑戦の始まりでもあります。私たちは教育活動を通して、こどもを核にした支援活動を今年も続けていきます。支援は長期に続けなければ意味がありません。
冬のキャンプ招待費用に充当することを目的とした「あんじゃね震災支援基金」を再度立ち上げ、現在支援金を募っているところです。皆様におかれましては、支援活動の想いと支援金募集について、ぜひともご理解ご支援をいただけますようお願い申し上げます。 (代表 辻だいち)
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11月27日
奇跡のむらの物語
11月27日。私が1年かけて執筆してきた本「奇跡のむらの物語 〜1000人のこどもが限界集落を救う」が発売されました。私のすべてをかけた渾身の作品です。
この本は、人口1900人の泰阜村の風土や文化から導き出した教育力によって事業を行い、支え合いの地域作りに挑戦してきたNPOグリーンウッの25年の歴史と実践をまとめたものです。
「自然の力」「村の暮らしの文化の力」「こどもの力」を信じ抜いて実践してきた教育活動。その25年の実践から、これからの教育に必要なセンスを、私なりの視点でこ導き出したものを綴ってもいます。
また、「山村」「教育」「NPO」という、誰がどう考えても食えない活動を、ソーシャルビジネスとして成立させた軌跡(奇跡)も綴られています。
そして、若者・ヨソ者が始めた教育活動が、いまや泰阜村を支える土台になりつつある軌跡(奇跡)も綴られています。
これから地域づくりを行おうとする地域の人々(行政も含めて)、子育て中の親や教員などこどもに向き合う人々、新しい生き方を模索する若者に、ぜひ手にとって読んでいただきたいと強く願っています。
1年かけて書いてきましたが、執筆中に東に本題震災があり、発行が遅れに遅れました。しかしそれはむしろ、震災支援に取り組んだ半年間が、この本で一貫して語られる「支えあいの文化」を言葉で表現することを可能にさせた時間にもなりました。
昨年12月の本コラムで(もう1年も前のことなのですね)、次のように記しました。
「四半世紀にわたって続けてきた教育活動の意義が、村の人たちを含めて市井の人たちに伝わるかのか。そして伝わるような噛み砕いた言い回しができるのか。私たちの揺るぎない強い意志と磨かれた言葉の力が試されます」
一文字一文字の小さな力を侮るなかれ。私が渾身の力を振り絞って産み出しだ言葉には、この本の題材にもなる泰阜村の人びとの壮絶な暮らしの営みと、私の人生を支えてくれる多くの人びとの歴史が流れています。
私が書いた言葉ではありますが、泰阜村1900人の人々と暮らしの学校「だいだらぼっち」の卒業生、保護者はもちろん、これまで私たちを支えていただいたすべての人々が産み出した言葉なのです。
どうか、この想いをご理解いただき、ぜひともご購入いただきご一読いただけますようお願い申し上げます。また、できることならば、手にとった皆さまからも友人、知人などに広くご紹介いただければ幸いです。
NPOグリーンウッドのHPに購入のサイトを開設しました。送料が無料になるようです。ご活用いただければ幸いです。 ⇒ http://www.greenwood.or.jp/hon/page001.htm
もちろん、amazonなどのネット書店や、全国の書店でも注文できます。よろしくお願いします。
長野県大手の信濃毎日新聞にも紹介されました。ご高覧いただければ幸いです。
⇒ http://www.shinmai.co.jp/news/20111130/KT111129SJI090008000.html
ようやく25年です。土台ができてここからがおもしろくなりそうです。奇跡のむらの軌跡。どうぞご一読ください。 (代表 辻だいち)
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10月15日
学ぶとは誠実を胸に刻むこと
10月。大きなできごとが重なりました。
10月3日〜7日まで、「Kids’ AUキャンプ2011 in JAPAN」を福井県の三方五湖を中心に開催してました。2001年から私たちグリーンウッドが主導して日本で始まった、北東アジアのこどもたちの自然体験活動による交流キャンプは、2005年と2009年には韓国で、2006年から2008年までモンゴルで連続3回開催、そして昨年はわが泰阜村で開催、と、強い意志を持った大きなうねりとなっています。
福井県の自然を舞台に、言葉が通じない6カ国の子どもたち50人が、見事に仲良くなっていく場をこの目で見ました。湖をわたる風、日本海の潮騒、子どもの多国籍な歓声、各国の伝統料理が作られる瞬間、みんなでオリジナルの唄をつくる時間から、「平和の音」がたしかに聞こえました。
小さな小さなアジアのこどもたちが、福井県の風土と仲間たちとの交流から多くのことを学ぼうとしています。
10月8日〜10日まで、沖縄県名護市で開催された「自然体験活動指導者全国フォーラム」に参加してきました(参加者は180人)。私はなぜか「自然環境保全と地域活性化」分科会の座長を任され、全国の取り組みを紹介しながら意見交換を促進しました。
特に、ヤンバルクイナが生活できる環境を守り抜いてきた集落(国頭村安田集落)の壮絶な歴史は、本質を守り抜きながらも現実的に生きていくという、ともすればわれわれが失いかけているものを呼び覚ます取り組みでした。
マングースや捨て猫・犬によって絶滅の危機に瀕して山の奥へ奥へと逃避行をしているヤンバルクイナが、なぜこの集落では人間と共生していけるのか。それは、たった200人の集落が、市町村や県、国顔負けの自治を行っているからです。
衝撃的なことは、この集落の人々が、全国から集う人々の気持ちからまだまだ学ぼうとする姿勢でした。
10月13日〜15日まで、隠岐島(島根県)の海士町というところからお呼びがかかり行ってきました。
この町には高校(隠岐島前高校)があります。高校生の3割は、島留学として全国から集まってきた若者たちです。この高校を、島ならではの体験学習を充実させることはもちろん、学力のうえでも充実させることをもくろんでいるようです。
私の役割は、島の高校生たちに、この島の可能性を伝えることです。見離されてしまったような絶海の孤島だって可能性があるぞって。いや、絶海の孤島だからこそ可能性があるぞって。泰阜村というへき地山村で18年間、身体を張ってその教育力を形にし続けてきた私の出番です。
高校1年生と2年生に、泰阜村の事例を紹介しつつ、私が福井(高校)から札幌(大学)、そして泰阜村(社会人)と歩んだ人生について話をしたり、自分の強み×島の強み=島の仕事づくり、というテーマで島の希望を語りました。
驚いたことは、高校生が真剣だったということだけではなく、授業が終わった後に、私の泊まる宿舎まで相談にきたある高校生1年生のことです。島の高校生が興すビジネスモデルについてです。大人顔負けの考えをもつ彼らに、正直なところ脱帽です。絶海の孤島の高校生がチャンスを逃さず学ぼうとしている姿、とても美しいと想いました。
言葉が通じなくとも、アジアのこどもたちが学んでいく姿。
逆境にありながらもなお、学び続けようとする沖縄の人々や隠岐島の高校生たち。
その姿を見て、フランスの詩人ルイ・アラゴンの言葉を想い出しました。
「学ぶとは誠実を胸に刻むこと」
1943年11月、中仏オーヴェルニュ地方においてストラスブール大学の教授、学生が銃殺され、数百名が逮捕される事件が起きました。大学は、戦火と弾圧を避けて、ストラスブールからクレルモンという地に疎開し、再びこの地で開学したそうです。彼がこの悲劇の最中にその心境を唄った「ストラスブール大学の歌」の中の言葉です。青年への虐殺が繰り返される絶望的な状況に陥ってもなお、学ぼうとする青年が多数いたということ。
誠実とは、「私利私欲をまじえず、真心をもって人や物事に対すること(大辞泉)」ということのようです。
困難なときや、逆境のときに、果たして真心をもって人や物事に対することができるのか。しかし、それができたときに大きな学びがあるということなのでしょう。
10月15日、私は隠岐島を離れました。さまざまな出会いがあったこの2週間。私もまたこの出会いのなかで、素直になり、真心をもって人や物事に対することができたのかもしれません。実に大きなそして多くの学びを胸にして、泰阜村に帰ることができます。 (代表 辻だいち)
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