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 トップ > EducationTalk > GREENWOODコラム(代表・だいち) > GREENWOODコラムVol.38

 

5月5日
こどもの日に 〜山賊キャンプに被災したこども39人の招待を決定!〜

 今日はこどもの日。こどもにまつわる身近な話を。
 5月3日〜5日まで、暮らしの学校「だいだらぼっち」では「ゴールデンウィーク合宿」なるものが開催されました。毎年恒例となった作業合宿です。だいだらぼっちの子どもの家族や、卒業生など100人が集まって、みんなで冬のための薪作りを行いました。
 このイベントを、企画・運営するのがだいだらぼっちのこどもたちです。だからなかなかスムーズに進みません。こどもの間のいざこざやすれ違いがありながらも、参加してくれた人々の気持ちの「持ち寄り」に支えられて、こどもたちは運営していきます。そこがいいのです。スムーズに進まないこと、それが周囲に支えられてスムーズになろうとすること、そこを楽しまなければ!
 次は我が家のこどもたち。長男は中2でテニス部の部活に邁進しています。連休中に練習試合があり、試合に勝ったらしく、充実した顔をしています。次男は小5でこれまた少年野球にはまっています。連休中に地区の大会があり、ランニングホームランを放ったとか。エラーのおまけつきですが、それでも帰ってきてから話が止まりません。長女は小3。友達関係でしくじったらしく、連休中は私にも怒られてしおらしく?していました。
 最後は、NPOグリーンウッドが行う震災支援について。被災したこどもを招待するために、この1ヶ月間、水面下で折衝を続けてきました。NPOグリーンウッド及び泰阜村と関係のある地域・団体に対して、送迎を含む招待を検討してきたところです。
そして、原発被害を受けている福島県(いわき市、郡山市、田村市、二本松市、鮫川村)から、39名のこどもを招待することが決まりました。
 福島のこどもにとって放射能の影響は、極端な話ですが一生つきまとうことになるかもしれません。せめて夏休みだけでも、思いっきり自然の素晴らしさ、支えあい協力し合うことの大切さを感じてほしいと強く思います。支援金を募っています。ぜひ御協力ください。詳しくは震災支援ブログへ。
 やっぱりこどもがこどもらしく生きていける社会が一番です。今年のこどもの日は、そのことを本当に願う日になりました。(代表 辻だいち)




3月30日
今こそ教育の出番だ 〜 教育活動を通した震災支援 〜

 このたびの「東日本大震災」にて被災された皆様に、心よりお見舞いを申し上げます。
東北の沿岸部では小規模自治体や集落が、根こそぎ海に持っていかれました。人口1900人のへき地山村の泰阜村に住む私たちにとって、それを他人事にはできません。泰阜村は、国道も信号もないような厳しい立地条件ですが、それが故に村内の資源を総動員して、村民が支え合いながら村を維持してきました。
 その泰阜村で25年間育てられた私たちグリーンウッドは、今回の震災を自分事として認識し、泰阜村が大事にし続けてきた「支え合い」や「お互い様」を土台にした本質的な支援を行いたいと強く思う次第です。
 すでに救援物資や義捐金を集めて被災地に送り届ける活動は各地で始まっています。短期的には当然それに参画します。しかし、私たちがすべきことは、私たちの本分である教育活動を通して、長期的に被災者・被災地を支えることです。
 阪神大震災の時に、被災児童を3年間、山村留学暮らしの学校「だいだらぼっち」で受け入れました。費用は全額泰阜村が負担、村の小学校や村民も全面サポートしました。長期にわたる支援は、被災児童にも受け入れ側にも様々な意味で苦痛が伴います。その経験と実績を持つ私たちは、今回の震災でも被災孤児を山村留学で受け入れる体制を整えました。
 私たちは、全力を挙げて山村留学や自然体験キャンプを実施します。自然の猛威におびえきった東日本のこどもたちに、もう一度自然の素晴らしさを伝えたい。失われた小さな集落の底力を、もう一度こどもたちに伝えたい。そして全国のこどもたちに、過酷な状況に陥ってもなお周囲の人と協調をとりつつ生き抜くための「支えあいの気持ち」や「サバイバルスキル」、「的確な情報収集と状況判断能力」を育成したい。
 国の土台が揺らぐ危機的な状況が続く時、それは今後の国をどう創るのかという契機でもあります。今こそ、教育の出番です。(代表 辻だいち)




2月25日
長男が疾走! 〜 人々の思いを受けて 〜

 先週の日曜日。長野県最南端の村天龍村で駅伝大会がありました。泰阜村にとっては隣村です。信州の人たちは駅伝とかマラソンとか、そういう走ることがどうやら好きなようです。この駅伝大会は第43回という歴史をもっていることもあり、しっかりとした運営をする大会です。正月の箱根駅伝で優勝した早稲田大学や高校駅伝ではお馴染みの佐久長聖高校も招待されていました。
 この駅伝大会に、泰阜村から5チーム(一般3チーム、中学生2チーム)参加しました。「泰阜から5チームもですか?」と誰もが驚きますが、泰阜村の人々もまた走るのが好きなようです。中学生チームのメンバーに私の長男も選ばれました。なんと華の1区を任されたのです。5チームのメンバーが集まっての合同練習が晩秋から行われましたが、長男は休まずに通い続けました。きっとみんなに迷惑をかけたくない、という一心だったのでしょう。彼の正直な緊張が私をも緊張させます。
 当日、長男は見事な走りを見せてくれました。まさに疾走。しっかりと襷(たすき)を次のメンバーにつなぎ、そして5チーム全員がゴールするまで喉をからして応援したのです。長男が疾走しているちょうどそのとき、大阪のひいおばあちゃんの危篤の報が入りました。残念ながらその夜に他界してしまいましたが、きっとひいおばあちゃんが彼を力強く走らせたのだと思います。
「よくやった! 早かったぞ!」
 長男は、同じチームの中学生から、一般チームの青年や大人の人から、そして監督さんからと、5チームの村の人から声をかけられ、そして頭をなでられ、次々とねぎらいを受けました。村の人たちの子どもに対するやさしいまなざしを強く感じた時でした。そのまなざしを受けて、やはり長男は1区を走り切れたのだと思います。
 駅伝が終わり家に帰ると、隣の家の90歳のおばあま(おばあ様という意味)が何やらお菓子を持ってきました。聞けば、長男にお菓子をあげたいと言います。先日の大雪の時に、長男がまっさきにこのおばあまの家に駆けつけて、玄関の雪かきをしたそうです。そのお礼だとか。
 「家に来てくれて、『寒いから、おばあちゃんは中に入ってな。俺が雪かきするから』って言ってくれた。かわいいこと言う。だもんで、これはお礼」とおばあまがお菓子を長男に渡すと、その日の疾走の満足感と、思いがけないおばあまのお礼に長男の顔が緩みました。
 大阪のひいばあちゃんも同じく90歳でした。大阪と泰阜の90歳の老人。彼女たちの歴史のひとつひとつの積み重ねが、彼の心を豊かにさせていきます。泰阜村の人々のやさしいまなざしが、彼の心をたくましくさせていきます。
 この村には「ひとねる」という方言があります。育てるという意味です。育つことを「ひとなる」とも言います。「人に成る」。まさしく、長男は周囲の人々の想いを受けて、一人前になる階段を登り始めました。 (代表 辻だいち)




2月17日
大学の学生と共に創る 〜学びの循環を起こせ!〜

 今日、博多にいます。というか、これから博多を発ちます。今日まで九州大学で授業を受け持っていました。授業といっても集中講義。もちろん非常勤です。ひょんなことから教育学部の「社会教育編成論」をやらないか、と九州大学の岡幸江准教授からお声がかかったのです。
 今年度は、大学の通常講義も受け持ちました。地元南信州の飯田女子短期大学。養護教諭(要は保健室の先生)を養成するコースの「養護処置」という科目を受け持ち、週に1回の授業です。といっても、私に養護教諭についての専門知識があるわけではありません。私が泰阜村で実践してきた教育活動から導き出されるこどもに向き合うための「リスク」について、予防と対策の観点から法律や保険、救命法実習まで、できるだけ参画型のワークショップ方式で進めてきました。こういう参画型の授業は大学では少ないのでしょうか、学生さんには好評の授業だったようです。
 おそらくですが、学生さんに好評だったのは、普通の授業でみられる先生からの一方的な知識伝授型の進め方ではなく、私と学生さんとの間で繰り広げられる双方向性の進め方をしたからだろうと思います。双方向性の授業になると、何が良いかといえば、学生さんが主体的、積極的になることです。そうなると先生(ここでは私ですが)と学生とが一緒に授業を創っている感覚になるのだそうです。それが学生にとっては面白いのだとか。
 九州大学でも同じ感覚でした。朝から夕方まで、ほぼ缶詰の集中講義にも関わらず、学生さんは「あっという間。意欲的になっていく不思議な気持ち。もっと授業を受けたい」というふりかえりを寄せてくれました。私の授業の進め方がよかったのではありません。彼らが授業の当事者、主体者になったからこそ、つまり自分が参画して創り上げた授業だからこそ質の高い充実感を体感したのです。
 飯田女子短期大学、九州大学の学生諸君に、心から「ありがとう」と言いたい。学びは与えられるものではなく、当事者が創り上げるものです。学生さんたちは、まさしく学びの主体者でした。そして私もまた学びの主体者です。学生さんから学んだことがたくさんあり、学びが循環していく手ごたえを私も学生さんも感じたのだと思います。
 彼らは、養護教諭に、社会教育の現場に、公務員に、学校教員に、一般企業にと、社会に旅立っていきます。その場でも、学びの主体者として存在し、学びの循環を起こすことを願っています。小さな学びの循環が、地域を、そして日本を変革する礎となります。
4月からは東京の大学でも週1回教鞭をふるう予定です。   (代表 辻だいち)




1月24日
ゴミ拾いが世の中を変える? 〜小さな山村の文化が役立つ日を願って〜


 今回は、1月にあったできごとからつらつらと書いてみたいと思います。
 1月14日、長野県最大手の信濃毎日新聞社のパーティーに招待され、はるか200km離れた長野市まで行ってきました。文化・芸術・スポーツ関係者が集うのですが、知り合いも誰もいない中でぽつねんと一人。それでも、こういう場所に来て、小さな山村の取り組みを発信しなければ、と奮い立った日でした。
 1月15日は、お世話になっている地元集落の役員慰労会がありました。私達の居住集落は「田本地区」といいます。私は今年、田本地区1班の班長でした。区長や会計、班長全員、各部長など、10人での慰労会です。小さな集落の住民が、肩を寄せあい、知恵を出し合って生き抜いた1年間が無事終わり、今後ともよろしくとささやかに一献傾けたのでした。住民同士で支え合って生き抜いてきた小さな山村。高齢化によりそれも限界が近づいています。どうすればよいのかと頭を抱える問題です。しかし、この地域住民による自治のあり方は崩せない。崩すと、村を支えてきた自立・自律の気風も崩れていくからです。ここはまさに老若男女、みなの知恵で乗り切っていきたい、と改めて思った日でした。
 そして1月17日。今から16年前の1995年1月17日、神戸を激しい地震が襲いました。全国から青年ボランティアが渦のように次から次へと集い、まさしく彼らの力で神戸は復興の一歩を踏み出したのです。私もまたその1人でした。思えばまだ24歳。それから現在まで、災害が起こるたびに全国から集まる「助け合い・支え合い」の気持ち、そしてそれに呼応するかのごとくもともとその地域が持っていたお互い様ともいうべき「ご近所の底力」が沸々とわきあがって困難を乗り越えていく姿は、まさしく自律の地域づくりを目の当たりにするようで感動しています。
 しかし、災害が起こる前も、もともとそうやって地域は作られてきたのではないのか、助けあってきたのではないのか、と思います。その支えあい・助け合いを感じるきっかけが少なかっただけではないのか、と。今までも、そしてこれからも、地域内で住民同士が支えあうことの真価が実践を伴って試されます。
 1月22日。私は沖縄本島の北端にほど近い安田という集落にいました。泰阜村と福井県と沖縄県の環境団体で構成する協議会の主催のこども環境ミニフォーラムです。私が実行委員長です。各地の小中学生が、川あるいは海でゴミ拾いをしてその分析と成果を持ち寄るフォーラムです。福井県の山間地の小学生は下流に住む人への思いやりを表明し、沖縄県の海辺の小学生は世界全体でのゴミ問題解決を訴え、泰阜村の中学生はゴミ処分費用負担についての提案を各地域に呼びかけました。3地域のこどもたち共に、次のアクションを起こすという言葉が出たので、まぎれもなく質の高い環境教育の実践となったと思います。私はフォーラムの最後にこどもたちに次のように伝えました。
「地域の環境問題を解決する。それはこどもにもできる。地域の大人が進めるゴミ拾いなどの環境問題に、こどもも積極的に参画しよう。こどもたちが他人事ではなく自分事として関わって環境問題を解決していこう」
 地域内で住民同士が支えあうこと。そこにはこどもや老人や障害者、外国籍の人々なども含まれます。地域内の多様な人々が参画する支え合いが、今まさに試されます。そして、このこどもたちのフォーラムが示すように、地域間(例えば沖縄と泰阜、福井)で住民同士が支えあうことも試されていくのではないでしょうか。小さな山村、災害から復興した街、子どもの参画で地域づくりが進む集落・・・、それぞれの課題解決の手法を持ち寄れたとしたらすばらしいことだと思います。そしてそれは国との間にもいえることかもしれません。特に最近の北東アジアの不安定さは平和を脅かす心配の種です。
小さな地域内の支え合いの文化が、地域同士が支え合う共助の仕組み、国同士が支え合う共助の仕組みに役立つ日が、そこまで来ていると思います。    (代表 辻だいち)



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