1月7日
もうひとつの1月7日 〜 小さな正義のパンチをぶちかませ♪ 〜
七草粥の話題が出た家族団らんの時、テレビから懐かしい唄が流れてきました。「♪白い〜マットの〜ジャ〜ングルに〜、今日も嵐が〜吹き荒れる〜♪」。沖縄の児童養護施設にランドセルが届けられたというニュースです。年末から次々と報道されるタイガーマスクの善意の贈り物。このせちがらい世の中にあって、なんともほっとする話題です。
1月7日。七草粥を食べる日ですが、若い世代は今は食べるのでしょうか。成人を迎えた若者より少し年上の人が知っている1月7日は、22年前のこの日でしょう。昭和の歴史が終わりました。私は当時大学受験真っ最中。最後の共通1次試験が目前に迫っていました。
それから8年後の1997年のこの日、福井県三国町の日本海で重油タンカーナホトカ号がひっくりかえり、大量の重油が日本海を汚染しました。ここで活躍したのが全国から集まった青年ボランティア。全国から集まった善意が地域住民の不屈の想いと重なり、日本海はよみがえったのです。福井は私の故郷で、三国の海岸はこども時代によく遊びに行った海です。油だらけの真っ黒な海を見て絶句した私もまた重油を掬いに行ったボランティアの1人。もちろん、暮らしの学校「だいだらぼっち」の子どもたちも。
タイガーマスク現象・タイガーマスク運動とまで報道される善意が集まる大きなうねり。なぜでしょう、ニュースを見ていて涙がこぼれてくるのです。おそらくですがこのフラフラしている日本に住む人々に、滲み出るように産まれる確かな「自立心・自律心」を改めて感じたからなのだと思います。
昨年の年頭のコラムで次のように述べました。
私は2008年夏から、読売新聞で教育コラムを連載しています。ここでは2009年12月16日付で掲載された記事から引用して、年頭にあたっての提言をしたいと思います。
「自立支援」の名のもとに、老人や若者、母子家庭、そして子どもにも「自立」が強要されるような、いわば新自由主義的な政策が実施されてきたことは記憶に新しい。個人の能力を高めて自立せよ、と迫る政策は、人間をばらばらな孤立した存在にし、「自己責任」原則によっておよそ「自立」できない個人、集団、地域に対して「自立」を強要する。要は、「自分が強くなる」ことが「自立」だという。
しかしどうも腑に落ちない。南信州で長年にわたり青少年の山村留学や自然体験キャンプを続けてきた私にとっては、個人の能力にスポットをあててそこをいくら強化してもそれは本質的な自立とはいえないのではないか、という思いが常につきまとう。
20年間見続けてきた子どもの姿は、決して「強い個人」同士が力をあわせる姿ではなかった。むしろ、思い通りに進まないことに腹を立てたり、自分のことを自分で決められなかったり、仲間のことを思いやれないといった「弱い個人」の姿だ。そんな「弱い」子どもたちであっても、支え合い認め合う仲間がそこに存在するという安心感の中で、確かに成長していく場面を見続けてきた。その成長は、「周りとの連携・相互依存を通して自己決定権の条件を確保する」という意味において「自律的」な成長ともいえる。
「今のこどもたちに欠けているもの」、それは「支えられている安心感」だ。支えられている、認められている、応援されている、ということを、子どもたち自身が実感できる場や周りとの関係性が、今は本当に少ない。その安心感があれば、周りを支え、認め、応援することを自らできるようになるだろう。同じことは、子どもだけではなく、およそ生産能力が低い(と断定されてきた)老人や障害者、農山村地方などにもあてはまる。「支えあい」の中から滲み出るように産まれる確かな「自立心」。子どもにもこの国にもそれが欠けている。
善意。なんともくすぐったく聞こえる言葉です。でも小さな小さなその善意を侮ることなかれ。小さな善意といえどもそれが集まれば、日本海がよみがえり、閉塞状況の日本を打破する雰囲気を創る原動力にもなるのです。全国のタイガーマスクによって「支え合い・助け合い」の善意を受け取った児童養護施設のこどもたちは、きっとゆるやかにそしてたくましく自立していくのだろうと確信します。
今年は、「世のため人のため」(もしかして私語に近いでしょうか)に、ほんの少しといえども発揮される善意を促していきたいものです。それを教育の立場、しかも「支え合い・助け合い」の文化が今なお息づく小さなへき地山村における小さな教育実践の立場から促すのが私たちの役目である、と1月7日に改めて強く思いました。
遅くなりました。新年あけましておめでとうございます。1999年から毎月一つは書こう、と続けてきたこのコラムもどうやら180編を数えるようです。まさしく継続は力なり。今年も懲りずにおつきあいいただければ幸いです。
(代表 辻だいち)
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12月25日
伝わるか、この想い 〜今年1年お世話になりました〜
「暑」が今年を象徴する漢字でしたが、クリスマスは全国的に「寒」かったようです。ここ南信州泰阜村でも、朝起きると一面の雪景色。きっとサンタのソリが滑った跡やトナカイの足跡を雪面に探したこどもも多かったことでしょう。
さて、泰阜村ではグリーンウッド主催の「信州こども山賊冬キャンプ」(12月23日〜1月5日まで全5コース)が始まりました。この雪は、都会から集うこどもたちにはことの他うれしかったようです。冬キャンプもまた、この村の文化や風土を反映した教育プログラムとなっています。年末年始コースは特に、南信州独特の伝統的な文化を反映した特徴的なコースになっています。
時期が少し戻りますが11月に村内で講演をしました。「南部地区教育委員・社会教育委員等研修会」というもので、南信州の5ヶ町村持ち回りの研修会です。今年は泰阜村が当番村とのこと。その中で私は「地域に根ざし暮らしから学ぶ教育実践」というテーマで1時間の講演です。
NPOグリーンウッドの初期の頃から住民としてもお世話になっている遠山教育委員長には「今日は泰阜村の教育に関する宝を見てもらいたい。一つ目は学校美術館、そし二つ目はNPOグリーンウッド。どちらもこの村が誇る宝です」と紹介いただきました。
目頭が熱くなるのを押さえて、講演では、泰阜村の風土に埋め込まれた教育力を仮説的に示し、その教育力を反映した教育活動を、私たちNPOグリーンウッドがどのように実施しているかについて、そしてその成果がどのようにあるのかについて、ゆっくりと話をしました。
参加した60名ほどの5ヶ町村の教育委員の皆さんからは多くの質問をいただいたと同時に激励もいただきました。山村の風土や教育力などの資源を、(表現は悪いのですが)食い物にするような風潮が多い中で、泰阜村の知恵や文化を大事にする教育活動について支持と評価をいただいたようです。なんといっても、泰阜村の教育委員さんたちに本当に激励していただいたことが最もうれしかったのですが。
村外で行う講演とは違い、村内の講演では顔見知りも多くやりにくい感じもしました。でも、このなんとも言えない充実感は何なのでしょうか。やっぱり、足元の泰阜村の人たちに評価されることが一番うれしいのでしょうね(そういう自分に少しびっくりしています)。村の人たちに理念や活動内容、そしてそれに対する自分の強い意志が伝わらないことには、やっぱり片手落ちです。
そんな、村の風土や文化から導き出した教育力によって事業を行い、持続可能な地域作りに挑戦してきた25年の歴史と実践をまとめて、来年出版する予定です。四半世紀にわたって続けてきた教育活動の意義が、村の人たちを含めて市井の人たちに伝わるのか。そして伝わるような噛み砕いた言い回しができるのか。
私たちの揺るぎない強い意志と磨かれた言葉の力が試されます。夏前には出版予定です。ご期待下さい。
今年1年たいへんお世話になりました。良い新年をお迎え下さい。 (代表 辻だいち)
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12月3日
日本の端っこから呼ばれます 〜 へき地から炎の挑戦 〜
母校である北海道大学から特別講義を依頼され、札幌まで行ってきました。滞在期間中は拍子抜けするほどあたたかで、調子が狂いました。それでも暴風雨という奇妙な天気だったのですが。
今回北大からお願いされたのは、「大学と社会」という全学部対象の特別講義です。いただいた依頼文からその特別講義の趣旨概要を記すと次のようになります。
「北大を卒業し産業界、行政、マスコミ等さまざまな分野で活躍する方々を講師としてお招きし、学生時代から現在までの体験談や、職業人として活動することを通して「現在あるいは将来の職業人としてどのような資質が求められるか」「そのために大学でどのように学べばよいか」「北海道大学や学生諸君に期待することは何か」などを話していただく」
これまでに、今や全国的に有名になった旭山動物園の園長さんとか、ニセコ町長さんとか、キリンビールの社長さんとか、芥川賞作家など、それはそれは著名な方々が講師として話されたようです。
最近はノーベル化学賞の受賞者が北大から出ていますし、私なんかよりそういう人のほうが良いのではないかと思いましたが、どうやら著名な方ばかりではなく特徴的な卒業後の人生を送っている卒業生も呼ぼうということになったようです。要は、私はへんてこりんな人生を送っているということでしょうか。
講義には300人を超す学生が集まりました。タイトルは「無いことの豊かさ 〜国道ない、信号ない、コンビニない。何もないへき地山村からの炎の挑戦〜」。最初はどんな話が始まるのかきょとんとしている学生も多かったですね。
なぜ自分が北陸の福井県からもっと寒い北海道に行ったのか、なぜ大学では体育会をやっていたのか、なぜ小さな地域で教員を目指そうと思ったのか、なぜ教員になる前に教室の外の学びを経験しようと思ったのか、なぜ泰阜村で18年もがんばっているのか。
そんなことをゆっくりとそしておもしろおかしく学生に語りかけるように話をしました。そして今、泰阜村で、教育を中心とした持続可能な地域づくりに挑戦しているという意味で、NPOグリーンウッドの活動の紹介をしました。学生さんは、案外しっかり聞いていましたよ。どこの大学で話をしても思うのですが、本当に最近の学生さんは真面目だと思います。余談でした。
大学から期待された学生さんへのメッセージとして、私は次の3点をあげました。
「1.高学力であれ」「2.自発的であれ」「3.野心的であれ」
1については、学力とは何かの議論が必要になってきます。私が提起したのは、従来の学力に対する新しい学力の考え方です。新しい学力観における高学力を目指してほしい。
2については、クラーク博士が貫き通した自律の教育観に倣い、自発的に責任ある行動をとる強い意志を持てと諭しました。そして自ら創り出す市民公益=新しい公共についても。
3については、小さな力を信じることに野心的であれ、ということを説きました。これまで周辺に置かれてきた人々や地域が、再び地域づくりや社会作りに参画できるようなそんなセンスを持て、と。
詳しいことは割愛します。1〜3の詳しい続きが聞きたい方は、ぜひ講演にお呼びください!
最近は、日本の端っこからお声がかかります。2月は九州大学で集中講義、3月は琉球大学にも呼ばれる予定です。まさしく、へき地からの炎の挑戦です。 (代表 辻だいち)
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2010年10月25日
『食欲の秋! 〜 夏より忙しい豊かな泰阜村の秋その2 〜』
「きのこがとれたから、明日みんなで食べるから来ないか」
前回のコラムで紹介した翌日、近くに住む猟師のおじさんから電話がかかってきました。このおじさんは、村にあるもう一つのNPO「グリーンツーリズム研究会」の代表の方です。前々回のコラムで紹介したファミリービレッヂ実行委員会の委員長でもあります。
実は私はきのこはあまり得意ではありません。特に椎茸は、こどもの頃になにか体験があったのでしょうか、今でも食べられません。そんな私にとっては「今年初めて松茸がとれたから」と誘われても、食材自体には全く興味ありませんでした(笑)。
要は飲み会。当日参加してみると、あるわあるわ、時価数万円の松茸が。他にも「おしょうにん」と呼ばれるきのこ、かわたけ、あとは・・・、すみませんさすがに私もわかりませんでした。
きのこが不得意の私。でも、全部のきのこがとてもおいしかったのです。参加したのは、グリーンツーリズム研究会の面々。もともと個々に知り合いではありましたが、ファミリービレッヂを通して、さらに距離感が縮まった感があります。そんなあたたかな雰囲気が、私の箸を進めたのかもしれません。
その週末。今度は地元の田本地区の神社祭です。私は今年田本地区の役員ですので、当然祭りに参加です。小さな神社ですが、地区の人々によってしっかりと春・夏と営まれ続けてきました。様々な祭事があり、最後の最後、こどもたちにとってのメインイベント、「お菓子まき」です。
ここが出番とこどもたちが集まってきて、投げられるお菓子に我先にと群がりました。突然、前段に紹介した猟師さん(地区の神社部長でもある)が、アルミホイルに包まれたものをばら撒きました。私は最初「焼き芋?」と思い、特に反応しません。でも、なんかおかしい、とそこにいる大人全てが感じ、そしてだいたい同じことを思いついたようです。
「松茸!」
あとは想像できるでしょう。こどもを押しのけて大人が我先にとアルミホイルに群がりました(笑)。この噂、あっという間に村内に広がり、次の日は村中この話でもちきりでした。なんとも愉快な松茸にまつわる話です。
秋の収穫は、自分だけで味わうわけではない。みんなでおいしさも、楽しさも分け合う。
昨今の、自分だけよければそれでよい、周りのことなどおかまいなしの風潮にあって、南信州の小さな山村が生み出すこの心地よさ。それは、心の世界遺産ともいうべきものです。
一度、秋の泰阜村にお越し下さい。 (代表 辻だいち)
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2010年10月19日
『〇〇の秋! 〜 夏より忙しい豊かな泰阜村の秋 〜』
忙しい夏がやっと終わったと思いきや、9月からは中国黒龍江省への訪問、夏の山賊キャンプの報告会、kids’ AUキャンプ(北東アジアこども平和教育キャンプ)、前回このコラムで紹介したファミリービレッヂなど、重要なものが続きに続き、夏より忙しい秋になる予感です。
kids’ AUキャンプ(北東アジアこども平和教育キャンプ)については、いずれしっかりと紹介したいと思います。
今回は、10月を振り返りながら思うことをつらつらと記します。
10月11日に、泰阜村では全村民運動会が開催されました。地区(集落)対抗で点数を競い合いますが、そこは「支えあいの心」を大事にする村、みんなでみんなを応援し合う愉快な運動会です。
とはいえ、地区対抗であれば、当然それぞれの地区は優勝を狙います。事前の選手選考は熾烈を極めます。私は今年、田本地区に6つある班のうち、1班の班長です。地区の役員として、班の代表として、役員会では誰がいいのかとあーでもない、こーでもないと、頭を痛めました。
田本地区は村の中では人口が多い地区です。同じ人つまり運動能力に長けている人を何度も種目で使えば点数はあがります。でもこの地区では、勝ちを狙いにいきながらも、全員が種目に出てみんなで楽しもうということを大事にしているのです。つまり、世帯から必ず1人は選手名簿に名前が登載されるわけです。
しかし当日、名簿に登録されている皆が出てきてくれるとは限らない。そこからが役員の力の見せどころ。当日参加している人の中から、みんなで楽しむ論理でもって改めて選手を選び直します。というよりは、もう一本釣りでお願いです(笑)。
こんな楽しいにぎやかな雰囲気がよかったのでしょうか、わが田本地区は実に10年ぶりくらいに優勝を勝ち取りました。終了後の慰労会は、祝勝会に早変わり。久しぶりの盛り上がりは、大人だけではなくこどもも交えて、夜更けまで続くのでした。
この村、とりわけこの地区は、身体を動かしてみんなで楽しむ雰囲気が根強くあります。私は今年も地区ソフトボールチームに登録され、春から夜間リーグ戦でプレイしました。結果は3位。リーグ戦が終わったと思いきや、次はトーナメント戦ととどまるところを知りません。次もソフトバレー大会にお声がかかっています。
みんなが参加して、みんなでみんなを応援し合う、本当に愉快な地域です。
今回は、スポーツの秋のお話でした。 (代表 辻だいち)
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